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映画の感想

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『トーク・レディオ』 TALK RADIO, 1988

 エリック・ボゴシアン、アレック・ボールドウィン、エレン・グリーン出演、オリヴァー・ストーン監督
 詭弁なのかもしれないが、そこには思想があるように思う。 人は自分以外の人間の不幸を楽しんでいるのかもしれない。ショーの時間がいろいろな人生の縮図となる。 自分が主役で自分を誇示しようとしている。腹も立ち罵倒するがまたラジオを聞き電話をかけてくる。 不愉快さが快感になっている。自分の意見を相手に聞いて欲しいし同意して欲しいと思っている。 自分の意見に反論されれば不快感をあらわにして、受け入れれば機嫌が良くなる。 匿名性の中で自分の考えを主張しようとする。責任表示をしないのに、本気になり喧嘩する。 周りから見れば馬鹿の集まりにしか思えない。しかし、そうすることによって自分の中にあるものを発散させている。 自分の意見を発表できる場を求めている。自分のことを受け入れてくれる存在を求めている寂しい人間たちが集まってくる。
 最後の方のシーンは現代の人間たちの醜い部分を語っているように思う。 ラストはいい終わり方のように思う。匿名性のある空間に集まってくる人間達を端的に表わしているように思う。

『トイ・ストーリー』 Toy Story, 1995

 声:トム・ハンクス、ティム・アレン、ジム・ヴァーニー、ドン・リックルス、ジョン・ラセッター監督
 ディズニーアニメ
 最初のシーンは画面が子供の視点、おもちゃの視点、三人称の視点がぱっぱっぱっと変わっていく。 とてもリズミカルな視点になっている。おもちゃからの視点で日常的に見ている人間からの視点とは違った画面構成になっているところはおもしろい。 おもちゃがおもちゃの世界を持っていて、その世界の中で生きているのはとても夢がある。 おもちゃを大切にしない子供とおもちゃの戦いがある。おもちゃがおもちゃとして独立した世界ではなくて、 自分たちがおもちゃというのを受け入れた状態でおもちゃなりの社会を持っている。 ユーモアたっぷりの見ていて楽しい映画となっている。

『トイ・ストーリー2』 Toy Story 2, 1995

 声:トム・ハンクス、ティム・アレン、ジョーン・キューザック、ケルシー・グラマー、ジョン・ラセッター監督
 ディズニーアニメ
 今回の映画は、あまり視点の変更がない。それとは変わって、人形の心情が描かれていたように思う。 子どもの成長によって人形は次第に相手にされなくなる、人形もそのことを体験し、そのことを寂しく思う。 しかし、おもちゃは本来子どもを喜ばせることが目的であるので、子どもの手に触れない、ガラスケースに飾られているだけのおもちゃはおもちゃとしての役割を果たしていないという。 永遠に飾られているより、子どもとともにいることを選択する。子どもとの関わり合いよりも、おもちゃの立場から描かれていたように思う。

『トゥームレイダー』 LARA CROFT:TOMB RAIDER, 2001

 アンジェリーナ・ジョリー、ジョン・ヴォイト、イェーン・グレン、ノア・テイラー、ダニエル・クレイグ出演、サイモン・ウェスト監督
 世界を変えることも可能である古代の秘宝をめぐり、悪いことを考える人間の手に渡ることを阻止しようとする。
 アンジェリーナ・ジョリーはあまりセクシーっぽく映っていない。アクションはなかなか見所はあるのだが、それが本当にすごいのかどうかはわからない。 映像によりアクションとして見せられている感じもする。『インディ ・ジョーンズ』のような感じでストーリーが展開する。

『トゥームレイダー2』 LARA CROFT TOMB RAIDER: THE CRADLE OF LIFE, 2003

 アンジェリーナ・ジョリー、ジェラルド・バトラー、シアラン・ハインズ出演、ヤン・デ・ボン監督
 開けると世界を破滅させるというパンドラの箱を悪の手から守るストーリーである。
 アクション的にはとても好きな映画である。中国マフィアと格闘するシーンは格好いいと思う。今回は謎解きというよりは、単に与えられた悪路を通り過ぎていくというような感じのストーリー展開である。

『東京ゴッドファーザーズ』 , 2003

 江守 徹、梅垣 義明、岡本 綾(声)、今 敏監督
 アニメーション
 アニメーションであるが、ある意味新宿、ホームレス、家出、借金、捨て子、ギャンブル、酒などとてもリアリティがあるように思う。 ストーリーの展開はとてもできすぎなのだが、内容的に日常のありふれた出来事が描かれている。 拾った赤ん坊の親を探す過程で、それぞれの過去が語られている。 積極的な生き方ではなく、むしろ消極的な生き方であるが、ほとんどの人が思ったことがあるような、または、投げ出そうとしたかもしれないようなことが語られている。 複数の他者の生き方に触れることで、自分の生き方を再興しようとする。これまでの人生ではなく、別の道を歩もうとする。 また、これまでには気づかなかったことに気づくようになったり、そのことにより、自分の認知や思考が変化する。 思考が変化すれば行動も変化する。行動が変化すれば結果も変化する。渦巻状に改善するような感じであり「希望」が残るような印象がある。

『逃亡者』 THE FUGITIVE, 1993

 ハリソン・フォード、トミー・リー・ジョーンズ、ジュリアン・ムーア、ジェローン・クラッペ出演、アンドリュー・デイヴィス監督
 警察の代わりに自分の無実を証明するために、自分で真犯人を探す。 わずかな隙を突いて逃亡するシーンがたくさんあって見所が多い。 自分が首謀して逃げ出したのではなく、状況的に逃げ出したのが、事の始まりである。 逃げてから、自分記憶を頼りに疑問を持っている事柄から調べていく。 自分で情報を集めて点を線につなげていく。 キンブル側から見ると、警察を巻いたり、情報を自分で拾い集めている様はとても痛快である。 しかし、警察側から見ると自分たちの無能さを犯人だと思っている人間に突きつけられているようでとても不愉快であろう。 警察側がすべて後手に回るところはあまり注目されていないがストーリー的に無理が無いように感じる。

『透明人間』 The Invisible Man, 1933

 クロード・レインズ、グロリア・スチュアート、ウィリアム・ハリガン、ウナ・オコナー、ダッドリー・ディグス出演、ジェームズ・ホエール監督
 誰も研究していない実験であることと興味により透明人間になる薬品を作り出し、実際に自分が透明人間になってしまってしまう。 しかしながら、元の体に戻ることができず、そのうち、自分の持つ透明人下であることによる力に気づき、世界を支配しようとするが・・・。
 実際、多くの人間は目に頼り、見えていることにより行動しているのだと気づくかさせられる。 見えないという感覚は全く想像ができないだろう。また、透明人間の声が強く、恐さを感じさせるが、透明人間になった人間の思考の狂いが描かれている。

『トゥルー・クライム』 True Crime, 1999

 クリント・イーストウッド出演、監督
 あれだけの短時間で数年もの歳月の結果を覆すというのはちょっと考えられないが、 死刑執行の時間の時点ではだれも不幸にならない結果ということではすっきりとした印象である。 ストーリーのポイントがあり、それにそって問題を解決していく。 男女の問題であったり、夫婦の問題であったり、会社としての組織としての問題が事件解決と平行して発生する。 ストーリー自体はとてもシンプルでさくさくと進んでいく。 難しくもなく、何を伝えたいのかとても分かりやすい映画である。

『遠い夜明け』 Cry freedom, 1987

 ケヴィン・クライン、デンゼル・ワシントン、ペネロープ・ウィルトン、ジョゼット・シモン出演、リチャード・アッテンボロー監督
 この映画を見ているととても憤りを感じる。 実際に私が生きていたときに起こった空が落ちてくるような惨事であり悲劇である。
 「歴史を白人が造り、白人が記録した。」という言葉はとても印象的だ。 歴史を白人の観点から造っていく、そしてそれを次の世代に伝えてゆく。 白人からの視点の歴史を人種に関わりなく伝えていく。そういうかなり危険なことが容認されていた社会であった。 黒人は黒人社会と白人社会を知っているが、白人は白人社会しか知らない。
 その時代の社会の中の白人と黒人の立場は、そのものに価値を見出すのではないく、 そのものが置かれている社会の中にどういう価値が置かれているということである。 時代が違えば、または社会が違えば同じものでも違った価値を持つようになる。 白人の側の歴史的観点からの価値を持っている。
 "change" がキーワードであろう。体制を変えるのとその体制を作る人間やその体制にしたがっている人間の意識(頭)を変えようとする。 白人側の"law"と黒人側の"justice"のぶつかり合いがある。 その中に偽善と伴った欺瞞がある。騙まし討ちがある。ほとんどアナーキーといっしょである。 黒人の指導者は暴力で訴えようとしたのではなく、言葉で訴えようとした。
 この映画を見ていると人間の醜さと恐ろしさを感じる。社会が違うと人間も違ってくるということの恐ろしさを感じる。

『時をかける少女』 , 2006

 仲里依紗、石田卓也、板倉光隆、原沙知絵、谷村美月、垣内彩未、関戸優希出演、細田守監督
 アニメーション
 筒井康隆原作の『時をかける少女』から約20年後が舞台である。 偶然、時間をさかのぼったりできる能力を身につけた少女が、自分の自転車事故を無意識に過去に戻ってなかったことにしてしまう。 その後、意識的に安易なことのために能力を使ったことから現実がややこしくなっていってしまう。
 自分だけが記憶を持ったまま過去へ戻ることができるというのは、現実として難しい感じが否めないが、 アニメーションとしては前半部分は楽しく見ることができる。 また、後半部分は、過去へ戻ってやり直したりすることからだんだんと問題、事態が大きくなってきてしまい、当人がそれらの修正に必死になったりする。 戻した過去を修正するためにまたさらに過去へ戻ったりする。 最後の方で、少女が涙を流して泣いているシーンはいろいろなものを失ったことに対する気持ちや、自分が過去に戻した時間に対する反省などを含んだ思いがそこに凝縮しているように感じる。 声を上げで涙を流して泣くというのは自分の中にたまったものがあふれ出ているような感じである。

『時をかける少女』 , 2010

 仲里依紗、中尾明慶出演、谷口正晃監督
 この作品はこの作品としてよいのではないかと思う。1974年当時の服装の仲里依紗も新鮮である。 同居人に感情移入する過程はあまりよく分からないが、過去の母親や父親に会い、考え方を知って自分の中で咀嚼することは分かる。 8ミリを見て涙を流すシーンでは、記憶には残っていないが、記憶と結びついていない感情が残っていることは人間らしいことだと思う。

『トキワ荘の青春』 , 1996

 本木 雅弘、鈴木 卓爾、阿部 サダヲ、さとう こうじ、大森 嘉之出演、市川 準監督
 漫画家や漫画家を志望する若者が集まるトキワ荘での漫画家たちの苦悩、喜び、出来事を描く。 漫画家として成功する(した)者、成功しない者が集まっている。気持ちはあるが、読者や編集者への受けがよくない。 しだいに、時代の流れの速さに戸惑い、自分の信じるものが受け入れらなくなっていく。 仕事が入る者は、どんどん仕事が増え、順調であるが、まったくうだつの上がらない者もいる。 ちょっとしたきっかけで、仕事が舞い込んでくる事もある。トキワ荘でまとめ役となり、無名の頃から漫画家の面倒をみて周りからの信望もある。 しかし、漫画家としてはそれほど成功しているというわけでもない。また、今後も自分の書く漫画が成功するという保証も無い。 自分の中の支えの何かが折れた時、これまでの生活から逃れたくなる。

『突然炎のごとく』 JULES et JIM, 1962

 ジャンヌ・モロー、オスカー・ヴェルナー、アンリ・セール出演、フランソワ・トリュフォー監督
 フランス映画
 その時の一瞬の感情が真実であり、その感情のままに行動すること自体は全く悪いことではなく、むしろそれが純粋であるということさえ感じさせる映画である。 簡単に言えば、気の向くままにとっかえひっかえ男を換えて男と寝る女と、その女に愛を注ごうとする男たちの物語である。 結婚する女には貞節を求めるようなことを言っていた男が、本当は貞節とは無縁の女と結婚して、その女に捨てられるのを恐れ彼女の貞節なことなど全く気にしなくなる。 女は女で自分が無視をされるとひどく怒り、復讐とばかりに別な男と寝たがる。感情や欲望に身を任せ、男女は互いに刹那的な展望を描き、結婚の約束をしようとする。 しかし、その熱が冷めてしまうと別な異性へと関心が向く。 そういう関係を何度も繰り返し、次第に年をとり、今までそんな浮ついたことなど全くしてこなかったような生活を始めようとするが、それまでのつけが回るような事態へとストーリーは展開する。

『トッツィー』 Tootsie, 1982

 ダスティン・ホフマン、ジェシカ・ラング、テリー・ガー、ダブニー・コールマン出演、シドニー・ポラック監督
 基本的に楽しく、愉快な話である。失業中の役者で、わがままやこだわりが強く役をもらえずにいる。 女装をしてオーディションを受けたことがきっかけで、思わぬ方向へと進む。女性として役をもらい、女性なのに大胆な言動ということで、一躍人気が出てしまう。 人気が出てお金が稼げるのはいいが、女装は本来の目的ではない事で区切りをつけてやめようとするが、エージェントは彼がやめるのを拒む。 彼は生放送の本番中にストーリーを別な方向へ作り上げ出演者などを仰天させてしまう。 女装をする事での出来事や事件もコミカルに描かれている。 女装をしたことによって知り合った女性に恋をし、その女性との関係で生じた誤解の内容は複雑な問題だが笑えてしまう。 人間と言うものは立場などで色々と評価が違ってくるという事であろう。

『となりのトトロ』, 1988

 宮崎 駿監督
 アニメーション
 純自然を扱っている。緑のありがたさや素敵な様子を表現している。 現代社会が失いつつある情景を表現している。昭和30年代を表現している。 昭和30年代を私は経験したことはない。かつて存在していた木や森を生き生き描いている。 懐かしい情景をうまく表現している。 かつて森が友達だったころのことをきちんとあらわしている。 かつては森と人間が一緒だったことを表現している。もう取り戻せない現代社会の病理を警句的に表現しているように感じる。 この、もう日本が取り戻すことのない方向性に危惧しているみたいだ。
 しかし、純粋な森などの自然だけを描いているのではない。 自然の一部である人間関係も描かれている。親子関係、友人関係。兄弟関係。近所関係。 助け合い、支えあっている。この映画を見て木や森が失われてしまったと感じるよりは、 現代の適切な人間関係の喪失を感じざるを得ない。 この映画を見ても今の子ども達はどういう感想を持つのだろうか。
 私達の時代は過去にまだ森やその他の自然に自然に親しむことができた。 しかし、これだけ産業社会が発達していわゆる自然を破壊して、そこに居座ってきている人間社会で、子ども達はこの映画を見てどのような感想を持つのだろうか。 かつて経験したことのない世界が描かれていることは事実である。 そして、これからも経験することのない状況が描かれているこの映画にどう共感するのであろうか。 この映画が持っているかつて私達が持っていた財産を、現代の子ども達は持っていない。 単なる昔話になることになるのであろうか。経験をしたことのない情景を見て子ども達はどう感じるのであろうか。

『隣のヒットマン』 The Whole Nine Yards, 2001

 ブルース・ウィリス、マシュー・ペリー、ロザンナ・アークェット出演、ジョナサン・リン監督
 なんだか微妙な感じのする映画である。コメディタッチで殺し屋の話が進んでいる。 それほど痛々しさは感じなかった。逆に言えばぞくぞくするような緊張感がないということになる。 笑えるところもあるからかもしれない。ブルース・ウィリスの存在感は圧倒的な感じがする。 ブルース・ウィリスではなくとも良かったのではと思うが、彼の重々しい存在感は感じられる。 ストーリー的には陳腐さは感じないが、軽いタッチで話が進んでいくのでさらっと終わった印象がある。

『トプシー・ターヴィー』 TOPSY-TURVY, 1998

 マイク・リー監督
 イギリス映画
 衣装以外には稀有な感じがない。マンネリしてきた自分の作品を日本に関するものを取り上げることで再興させようとする。 映画中に描かれている日本文化は現代の日本ではなく、侍であったり、貴族であったりする。 歌劇自体に日本の着物などは似つかわしくないように思うが、あえてそれを取り上げられている。 映画をどこか冷笑的に見てしまう側面がある。

『T.R.Y.』 , 2003

 織田裕二、黒木瞳、渡辺謙、出演、大森一樹監督
 20世紀初頭の上海、日本にて、日本陸軍から武器を騙し取るというために繰り広げられるある詐欺師の物語である。
 映像的にはセピア調であり昔の雰囲気が出ている感じがする。詐欺の手法については、なかなか面白みがある。 人をだますには疑わせておいて安心させたり、何度にもわたりだまし、何が真実であるか混乱させることも必要なんだとも思える。 陸軍中将の渡辺謙は威厳があるのかどうだかは少し判断に困る。

『トライアル・アンド・エラー』 TRIAL AND ERROR, 1962

 ピーター・セラーズ、リチャード・アッテンボロー、ベリル・レイド出演、ジェームズ・ヒル監督
 うだつのあがらない弁護士が、法廷弁護人として自分のステップを踏もうとする。 自分のキャリアを上げるため、被告人と接見をし、裁判に勝つためにいろいろと手法を考える。 しかし、いまいち決定的な手段がなく、裁判に勝てるかどうかが危ぶまれる。 接見中、想像の中で擬似法廷をくみ、いろいろなシチュエーションで思考をめぐらす。 いざ裁判になり、弁護をするはずが・・・。意外な結果となり、法廷弁護人として複雑な心中をうかがわせる。 能力があるない、経験があるないにかかわらず、人の意思と体験は異なり、 そこで成功、失敗も含めて経験を積むということが、とても切ない状況としての結果の一面がこの映画で描かれている。

『トラフィック』 TRAFFIC, 2001

 マイケル・ダグラス、ドン・チードル、ベニキオ・デル・トロ出演、スティーヴン・ソダーバーグ監督
 幾つかの要素を絡めて一つのストーリーを作り上げている。 まず、麻薬撲滅を推進する政府機関の長としての立場、顔がある。その主張は末端に根づいた意見ではなく、 理想的であり犠牲になる人間の痛みを感じさせないものである。 公人としての立場で考え、行動する「面」である。 また、同じ人間で公人としてではなく、一人の娘の父親、家族の中の一人としての立場がある。 それは一般論ではなく、個人が実際に直面している「現実」である。他人事ではない。 一番信用がおけるのは、警察ではなく「自分自身」である。組織の一人としてではなく、個人のケースである。 自分自身の手で解決させようとする。自分の家族の為に考え、行動する「面」である。 次ぎに、麻薬組織を裏切り、証言する人間と、警察につかまった密輸人の世界での立場がある。 自分の保身と引き換えに裁判で証言する男と、証言されれば有罪になる男とその妻との 関係の「面」である。社会の中で二面性を持ちつつ生活していた夫とその妻の素顔がある。 一般社会ではなく麻薬組織の世界での夫と妻との顔と「面」がある。 そして、メキシコシティで買収されているような警察官二人とその家族の関係の立場がある。 警察官をしながら麻薬組織自体にも関わっている「面」である。 そこには、警察とも麻薬組織とも一体感を感じることが出来ずにいる男の面がある。 彼にとっては、警察官としての権力よりも、麻薬組織の利権よりも、 彼の友人と、その妻の名誉と誇りが重要であった。どこかさめているが人間としての 温か味を持っている男である。警察や麻薬組織に通じているのだが、それらを全て無視しているような、 それらが目に入っていないような形式的なものとして自分の内側に根づいていないようなものとして 切り離して捉えているような男である。両方の存在に近いのだが、どっちにもつかない第3者的な存在となっている。 職業にも組織にも帰属しようとしないどこか屈折しているような印象がある。
 "treachery" (背信、反逆、裏切り)がキーワードであろう。父親が家族を省みない、娘や、母親が父親に信頼を置いていない。 子どもが両親の思いに反する行為をする。古くからの友人を裏切る。警官が将軍を売ろうとする。別の警官が麻薬組織を裏切る。 それぞれが希薄な信頼関係を気づきあげている。固いもので結束しているものではない。とてもはかないものである。 築きがたく、崩れやすい人間の関わりである。
 映像は香港映画のような印象を思わせるものであり、アメリカ映画としては珍しいものかもしれない。 一連の動きを所々カットされていて、それでいて連続した動きを作り出そうとしている。 映像が粗悪なところがあり、それがこの映画全体の内容である麻薬における人間の執拗さ、雑さ、粗暴さ、汚さを表現しているような感じがした。

『トリガー・エフェクト』 THE TRIGGER EFFECT, 1996

 とても不愉快な人間が描かれている。停電という状況を考慮してもあれほど不愉快きわまる人間描写をするものかと思う。 一体何を伝えたかったのかがよくわからない。心が渇ききっているような人間が登場する。 適切な人間関係も何も無いような状況が設定されている。思いやりとか道徳心とか宗教的な要素は全くなく アナーキーであり、アウトローのような感じがする。無味乾燥な人間が描かれてる。 社会的な生活が維持できなくなった状態で人間の弱さとか脆さを表わしているようには思えないところが なんとも言えない不快感がある。

『TRICK トリック―劇場版―』 , 2002

 仲間 由紀恵、阿部 寛、野際 陽子、生瀬 勝久出演、堤 幸彦監督
 自称売れてる奇術師の奈緒子と天才物理学者の上田が、300年に一度災いを起こすという亀の伝説を持つ村で、 村の青年団員から雇われた別の神様3人と対決し、またその謎を解く。
 間の抜けたばかばかしいことを、もっともらしくまともに対処するところがとてもよい。 鋭い洞察力を駆使して現状を的確に認識して、さらに推察をまじえて謎を解くというよりは、既知の知識を当てはめて、偶然きっかけを見つけるという感じである。 この映画は謎解きを楽しむよりは、変な微妙な間と二人のやり取りを楽しむことのほうが正確な表現かもしれない。

『トレーニング デイ』 TRAINING DAY, 2001

 デンゼル・ワシントン、イーサン・ホーク出演、アントニー・フュークワー監督
 全体的な利益を考えて、私腹を肥やし、一部の不正を働いて取り締まるのか、 個別の事件に対して規則に沿ってそれぞれに対応して取り締まるのか、 その選択肢が彼の課題となる。 結果的には、個別の悪を見逃さなかった事で 命拾いをする事になるので、後者の方の選択肢がこの場合は正しかったという事になるだろう。 基本的にはこれらの選択肢の中間はないのかもしれない。 どちらかを自分で選択して割り切って職務を果たし、 上の世界のやり方、下の世界のでのやり方を貫く事が必要となってしまうのではないかと思う。本来は、規定上の方法で解決する事が前提で、例外を認めてしまうと組織としては成り立たなくなる事になるだろうが、包括的にはそれでは実務上は何も出来なくなる事もある。 不正がまかり通るという事は長年にわたる肥大化した組織のゆがみの結果なのかもしれないが、全てを粛正して健全化するには個人的な努力では限界があるように感じる。 この場合の彼の個人としての行為は正しいのだろう。 退屈させない映画である。

『トレインスポッティング』 Trainspotting, 1996

 ユアン・マクレガー、ユエン・ブレンナー、ジョニー・リー・ミラー、ケヴィン・マクキッド、ロバート・カーライル出演、ダニー・ボイル監督
 イギリス映画
 ヘロイン中毒、セックス、強盗、傷害など若者たちの悪の部分を凝縮して描く。
 暗いイメージで描くのではなく、軽い感じで駆け抜ける感じである。 ある意味軽い感じで描いているところが、若者たちの善悪の感覚の低さを表しているようにも感じる。 ヘロインを断とうとするが、もう一回、もう一回、といつまでたっても最後の一回にたどりつかない。 ヘロインの常習性をうかがわせる。注射針を共有するのでエイズに感染する確率も高くなる。 そんな状態でセックスをすれば、相手にエイズを移すことにもつながる。 退廃的な思考を変えるには、教育としつけが必要に思う。放任も過干渉、スパルタもどれも弊害がある。 子どもの性質にあった教育が求められると思う。

『同居人 背中の微かな笑い声』 NATUNAL ENEMY, 1997

 ドナルド・サザーランド、ウィリアム・マクナマラ、レスリー・アン・ウォーレン出演、ダグラス・ジャクソン監督
 ルーツを消された男がサイコとなって復讐をする。 どんなに生い茂っている木でも根(ルーツ、roots)が無ければ枯れ果ててしまう。 自分の不幸な生い立ちにより自分を捨てた親を憎むようになる。 自分の存在を消し去られた恨みを親にぶつける。 ルーツを探りながら関係がある人間たちを殺していく。 人間は個として生きているが、その根底となるのはアイデンティティを持っているということなのだろう。 そのアイデンティティとなりうる一つに血縁関係がある。 自分がどこから来たのかを自分の親(血縁)を見ることから始める。 その始まりを欠いた人間の不安定さを精神異常という形で表している。

『ドクトル ジバゴ』 Doctor Zhivago, 1965

 オマー・シャリフ、ジュリー・クリスティ、ジェラルディン・チャップリン出演、デイヴィッド・リーン監督
 時代とその社会に振り回された人間の人生が描かれている。 ある社会の中でその人間の価値が決められる。 革命という名の不合理な平等がある。 権利の平等ではなく、結果の平等を求める世界である。 だから、堕落する。ゆがめられた社会の中で生きる。 そこでは歪んだ人間がのさばる。理不尽な状況での貧困と飢えの過酷の状態。 "not pure but alive" という言葉があの時代の人間にも社会にも当てはまっているのではないか。

『ドッグヴィル』 DOGVILLE, 2003

 ニコール・キッドマン、ポール・ベタニー、クロエ・セヴィニー、ローレン・バコール出演、ラース・フォン・トリアード監督
 女は弱い存在で、搾取されてきたということを示したい映画なのだろうか。人の弱みに付け込み、自分の性欲を満たすことを表すのみなのだろうか。 そんなことを表現したいのなら、もっと別な側面で女性蔑視されてきた過去を正す方法があるのではないだろうか。 倒錯した映画としか思えない感じがする。 レイプを常態として描いている映画は表現が狂っている。 彼女はあらゆる住人対して1階級下の存在となっている。 愛は陵辱より勝るということなのか。 頭が悪いのに、変に純粋なところを残しておいて、人間の真髄を描こうとしているところが、むしろ不愉快である。 趣味の悪いアダルト映画みたいな感じである。 映画のストーリーの前提として、レイプが繰り返されるより逃れてきた理由が勝るのであろうか。 人権を侵害した人間を状況や、環境のせいにして、それを正さないのは愚かな行為である。 過ちを犯してもそれを道徳心から許すのであれば、人は略奪しても何をしても許されることになる。 お互いに許しあっていては、人間の本能で生きることになる。本能に従って、それが許す行為となるのであろう。 極言すれば、感情のままの殺し合いを正当化することになるだろう。 また、その罰を下すのが当事者であっていいのだろうかと思うところがある。結局、権力を持ったときに、当事者が罰を下すという行為も問題があるように思う。

『ドライビング・MISS・デイジー』 Driving Miss Daisy, 1989

 モーガン・フリーマン、ジェシカ・タンディ、ダン・エイクロイド出演、ブルース・ベレスフォード監督
 息子が事故を心配して母親のデイジーために運転手ホークを雇うが、母親はそんな身分ではないと乗り気でない。 デイジーはホークが運転する車には乗ろうとはせず、別な交通手段で買い物などへ行こうとする。 ホークも引き下がることなく、歩いているデイジーに車でついていく。デイジーも根負けし、後部座席に乗り込む。 車中での会話で、デイジーはホークなどを雇う身分ではないとホークに噛み付くが、ホークは、雇う人間がいるから、雇われる人間が必要になる、と返答する。 つまり、働きたい人間にとってはどんな職業でも雇ってくれる人間が必要だということである。彼にとってはとてもいいことだと言う。 この雇用関係は当然といえば当然なのだが、ひとつの考え方として納得がいくものである。 二人の関係は、墓参りでの墓石を探すシーンがひとつの転機である。また、それにともなって後日、デイジーが贈り物をする。 さらに、泥棒であるという疑いが自分の偏見や猜疑心によるものだとわかった体験もデイジーの意識の流れの転換となったであろう。 州外への車での遠出をしたときの、警官からの職務質問などもデイジーにとっては少なからず今後の人生に影響を与えたものと思われる。

『ドラキュラ』 Dracula, 1992

 ゲイリー・オールドマン、ウィノナ・ライダー、アンソニー・ホプキンス、キアヌ・リーヴス出演、フランシス・フォード・コッポラ監督
 Our love is stronger than death. Give me peace.
"salvation" を求めながらも歪めた感情を持つ。 永遠の愛、普遍の愛を切望して苦悩する。神に叛き、困惑しながら、葛藤しながら自らの想いを遂げようとする。 「裏切られた」という感情を持って、神でもなく、人間でもない「無」となっている。 神を中心とした世界観の中で成り立つ物語である。全てのものを捨てきれずに自分の中に迷いを生じさせる。 神に叛くが、自分の中に少しでも神の存在を持っている限り何かの軋轢が生じる。解決の糸口を見つけ、それを見出す。
 瞳が何かとかなさって次の場面に映るシーンがよく使われている。ろうそくの炎の効果的にその場面を引き立たせている。 何かの、誰かの視点でカメラがゆっくり動いたり、コマ送り的に動いたりする。何かが忍び寄るような感じを受ける。 陰が光を妨げたり、何かをおおったりする。薄暗く、陰鬱な様子を表現している。

『ドラゴン 危機一発』 THE BIG BOSS, 1971

 香港映画 ブルース・リー出演
 結構残酷な映像がある。痛快なアクションというよりは痛々しさの残る映画である。 悪を退治するという設定だが、その過程に斧で殺されたりするシーンなどがありむごい感じがする。 ブルース・リー特有の顔の表情はいつものとおり物悲しさがある。 敵を倒した時のあの表情はいったいどのような意味を含んでいるのだろうかと思う。 約束を守ろうとして闘うことをしないという設定はなんだか変な感じがする。 また、工場でいきなり昇進するということも疑問が残る。

『ドラゴンへの道』 THE WAY OF THE DRAGON, 1972

 香港映画 ブルース・リー出演
 店を強迫から守るために用心棒といて戦うわけだが、絶対的なパワーを持っている彼にかなう者はいない。 強い彼に魅了されるというよりは、そこまで強いことに疑問を残す。 拳銃と素手で戦うのに圧倒的に素手で戦うほうが有利な感じを受けるのはなんだが理にかなっていないような感じがする。 彼独自の飛び道具を使っているのだが、その効果のほどは期待できないのではないかと思う。 ストーリー自体は内部の裏切りとかあるので単調ではないが彼の強さが圧倒的過ぎるのは少しスッキリといないものである。

『ドランクモンキー 酔拳』 酔拳, 1978

 ジャッキー・チェン、ユアン・シァオ・ティエン、ワン・チェン出演、ユアン・ウー・ピン監督
 香港映画
 父は師匠でもあるが、根性が曲がっている息子を別の師匠に預ける。 息子は最初は修行をサボったり、逃げ出したりしていたのだが、強い敵に負けるたびに心を入れ替えていく。 まじめに修行をしているシーンはすごいと思った。 最後に、かつて屈辱を味わった父を狙う殺し屋と父の変わりに闘う。だめな息子が変貌する姿が描かれている。 酒をうまそうに飲む師匠の姿がなんともよい。

『ドリヴン』 DRIVEN, 2001

 シルヴェスター・スタローン、キップ・パルデュー、ティル・シュヴァイガー出演、レニー・ハーリン監督
 モータースポーツのタイトル争いを中心にそこで生きる男たちを描く。
 クローズアップが多用されているので、それほどスピード感がない。もっと、エンジン音とか固定カメラを突き抜けるマシンの映像とかを多く入れたほうが迫力が出るように思う。 また、タイヤ交換や給油のシーンも交えて個人ではなく、チームをもっと表現して欲しかった。

『泥棒成金』 To Catch a Thief, 1955

 ケーリー・グラント、グレイス・ケリー、ジェシー・ロイス・ランディス出演、アルフレッド・ヒッチコック監督
 濡れ衣を着せられそうになり、自分の無実を晴らす為に危険を犯す覚悟で真犯人を捕まえようとする。 かつての仲間を頼って情報を集め、宝石泥棒に狙われそうな人物の情報を手に入れる。 泥棒に狙われそうな人物に接触をし、そこで待ち伏せをしようとするが、出し抜かれたり、邪魔をされたりする。 信頼できる人物の協力を得て、真犯人とその首謀者を突き止める。 また、その過程で、美人であり金持ちである娘と恋仲になる。 男性が男性らしく、女性が女性らしい魅力を表現しつつも、ちょっとお互いに癖のある人物像となっている。 また、金持ちの娘は好奇心旺盛ででしゃばりまではいかないが、積極的な行動をとり、男性にとって嫌味ではない、悪い気はしない女性像となっている。

『どろろ』 , 2007

 妻夫木聡、柴咲コウ、瑛太、中井貴一出演、塩田明彦監督
 天下を取ることと引き換えに魔物たちに自分の赤ん坊を差し出す。魔物たちにそれぞれの体のパーツを食われた赤ん坊は捨てられ、別の場所で体のパーツを与えられ人間の姿となる。 赤ん坊は成長し、それぞれのパーツを食べた魔物を倒すと自分の本物の体を取り戻せることを知り、魔物退治へと旅立つ。
 クモのような魔物と格闘するシーンと、父親と格闘するシーンはとても良い。全体的にコメディ要素があり、ストーリーの展開をよくしている。 映像は結構新鮮な感じである。主人公の人物像もしっかりしている。

『ドン・キホーテ』 Don Quichotte Don Quixote , 1933

 フェオドール・シャリアピン、ドンニオ出演、G・W・パブスト監督
 老人が、本を読みふけっているうちに、騎士物語にのめり込み、現実と物語との区別がつかない状態となる。 舞台で芝居が演じられているのを見て、現実の事と思い込み、巨人から姫を助ける。 役者の王が面白半分で老人に位を授けた事で、老人は騎士道を貫こうと従者をつれて旅に出る。本当の騎士になったと錯覚したうえで、彼は羊の群れを敵と勘違いをし攻撃してしまう。また、囚人を助けようと従者に命じ、鎖を解かせる。囚人達にその鎖を、別の人物だと勘違いしている村娘に届けるように言うが、囚人達に石を投げつけられ、彼は負傷する。 彼が負傷して宿に止まっているところに、彼の病気を治すため、家に返させるために、公爵が宮廷に彼を招く。騎士として勝負をし、負けた者は家に帰る命令のうえで、騎士の格好をされカラスコと勝負をさせるが、老人が勝ってしまう。しかし、カラスコにこれが芝居だと聞かされるとまた旅に出てしまう。 今度は、風車を悪魔だと錯覚した老人が風車に突っ込んでしまう。 回っている風車に激突し、吊るされたところで助けられるが、檻に入れられてしまう。 家に戻され、読みふけった本が燃やされているのを見て、彼は息を引き取ってしまう。


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