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サ
| 『13デイズ』 Thirteen Days, 2000 |
ケヴィン・コスナー、ブルース・グリーンウッド、ディラン・ベイカー、マイケル・ファーマン出演、ロジャー・ドナルドソン監督
1962年のキューバ危機での米ソの交渉を米国側から描く。それほど緊張感を感じることはないが、政治的な駆け引きをその過程を交えながら展開させる。
ソ連がキューバにミサイル基地を建設中であることを確認し、ソ連に同基地の撤去を要求する。
ミサイル搬入を阻止するため海上封鎖を実行する。ソ連は貨物船をキューバに向かわせつつあり、米ソの正面衝突の危機は高まる。
戦争を回避させるために水面下で交渉を活発化させる。
| 『サイコ』 Psycho, 1960 |
アンソニー・パーキンス、ジャネット・リー出演、ヒチコック監督
この作品は「シャワーシーン」がとても良い。「静」と「動」の対比がなんとも言えない空間を作り出している。
彼女が刺殺されても、シャワーの水はそのままずっと流れて行く。それと同じように、彼女の血もずっと流れて行く。
血と水が混ざって排水溝へと流れて行く。そのときの音は、水が流れていく音だけだ。
彼女の瞳孔のアップも静を巧みに表現している。恐ろしいぐらいに静けさを出している。
この映画には props(properties) として、「鏡」と「新聞」が使われている。鏡をに映し出されているものに焦点があたって、
鏡を通して状況を把握する場面がある。そして、新聞で事件の発覚を知ろうとして、新聞でもって、
事件の元となった札束を隠す。それから、よく、skillとして「凝視」も多用されている。
最後の場面でこの映画を見た多くの方は,うなったに違いないであろう。
| 『サイダーハウス・ルール』 The Cider House Rules, 1999 |
トビー・マグアイア、シャーリーズ・セロン、デルロイ・リンド、マイケル・ケイン出演、ラッセ・ハルストレム監督
産婦人科医から教育を受け、無免許の産婦人科医として医療を施していた。
孤児院で育ち、幼少に引き取られることもなく産婦人科医の手伝いをした。
産婦人科の技術を習得し、孤児院で生活をしていたが
堕胎をするために来た女性にひかれて、堕胎手術を受け家に戻る車に同情して孤児院を出た。
孤児院の外の世界で経験したものは自分の経験が人を救うことができるということを学んだことだった。
恩人の産婦人科医の死によって、また個人へ戻っていく。
彼は、恩人の意思を以前より理解し、受け入れ孤児院の産婦人科医として生きていく。
| 『サクリファイス』 Offeret Sacrificatio, 1986 |
J.S.BACH のマタイ受難曲で始まり、マタイ受難曲で終わる。
幻覚、幻聴か?。死の恐怖を感じる老人。自分の母への心的複合体をもっている。
母への罪悪感。庭の手入れの時に、自分の手で「自然」を破壊した。自分の死と母の死を結び付ける。
いろいろなものを心的複合体が取り込んでゆく。過去の記憶の錯綜。
より高い生き方を、人生をおくろうとする。しかし、自己をないがしろにして、知識だけを補強していったような印象を受ける。
ドーナツのような人間だったのかもしれない。中心に何もなく、周りに色々なトッピングをしている。
周りのものが失われると、中身がない。そういう人間が老人への移行によるつらさを表しているように感じる。
死を感じるようになって初めて自己を振り返る。宗教などを信じていなかった人間が、急に宗教色を強める。
自己を確立していないから、何かにすがろうとする。狂信的にふるまう。すべての事実が歪められてしまう。
人間の止まった時間の中の「時計の音」「水の流れる音」。人の意思にかかわらず絶えず動いてゆく。
サロンに集まる。ワインを飲む。最後の晩餐?
人の意思はそれを外へ表さなければ、他者には分からない。それが個人に根づいていればいるほど。
贈り物でもらった地図、知っているようで、何も知らない。見ているようで何も見ていない。ひょっとしたら、自分のことも・・・。
「捧げもの」、誰が、何から、何を用いて、何を救うのか?
植えられた「木」は死からの再生を願っているようだ。
| 『誘う女』 TO DIE FOR, 1996 |
ニコール・キッドマン、マット・ディロン出演、ガス・バン・サント監督
自業自得という感がする。自分の夢を追うために夫を殺して、自分の夢を追ったために殺される羽目になる。
独自の信念を持っていてそれを成し遂げるために他人を利用する。
その利用の仕方が道理的ではなく、自分の首をしめる結果となる。
彼女の間違えは、自分にその夢を成し遂げるだけの能力を持っているかという判断力の欠如に気づかなかった点である。
自分のわきまえを知る客観的な目を持っていなかったことが彼女を破滅させる原因であった。
彼女は自分の夢を成就されるためには行動力が必要だと考えたのだろうが、
行動には結果がつきものだということを忘れていたのだろう。彼女は自分の道を進んでいるつもりであったのが、
彼女は破滅の道を進んでいたのだろう。行動したらその結果がどこかで出てくる。
夢を成し遂げるためにとった行動が、結果的には彼女を滅ぼした。彼女は行動の結果を推測する能力を欠いていたのだろう。
安易で浅はかな行動の結果は自分の首をしめることになるということを身をもって知ったことだろう。
| 『サブウェイ・パニック』 THE TALKING OF PELHAM 1,2,3, 1974 |
ウォルター・マッソー、ロバート・ショウ、マーチン・バルサム出演、ジョゼフ・サージェント監督
地上と地下で公安局と犯人がそれぞれをだましあおうとする。
地下で起こっていることは地上にはわからず、地上で起こっていることも地下ではわからない。
それぞれが情報を操作しようとする。見えないところで何をするかで成功するか失敗するかが決まる。
観る側としては地上と地下で起こっていることを同じように見えるのは一長一短がある。
両方の思惑が手に取るようにわかるのはそれはそれでいいが、どちらか一方を中心に描くと
他方がわからない分だけ緊迫感が生まれるように感じる。
どちらかに焦点を当て、他方の少ない情報だけで事件が進行するような構成でも面白いと思う。
犯人の間でも、性格の違いでそれぞれがいらいらしている雰囲気はとてもよく伝わってくる。
運転士なしで電車が進むシーンで、赤信号で電車が急ブレーキをかけたときの赤信号が目に飛び込んでくる映像は
印象に残っている。
| 『サボタージュ』 Sabotage, 1936 |
シルヴィア・シドニー、オスカー・ホモルカ、デズモンド・テスター出演、アルフレッド・ヒッチコック監督
イギリス映画
ヒチコックの映画は、人が死ぬことは多いのだが、
生き残った人間が不幸にならないものが多い。
この映画でも、サボタージュ(破壊工作)をすることによって人が死ぬのだが、主要な登場人物の中で生き残った人間は、
やむをえない状況で犯罪を犯しても結果的に不幸にはならないようになっている。
時間が迫ってきている様子はとてもよく表現されている。
| 『サボテンの花』 Cactus Flower, 1969 |
イングリッド・バーグマン、ウォルター・マッソー、ゴールディ・ホーン、ジャック・ウェストン出演、ジーン・サックス監督
前提として嘘をついた状態で付き合っていたが、彼女の方は誠実さを求めていた。
男は彼女が自分への真剣な想いを感じて結婚を決意するが、嘘の設定を嘘で丸く治めなければならない羽目となる。
彼女が誠実に対応しようとすることで、よけいに嘘に嘘の上塗りを重ねてどうにもならなくなる。
嘘をつく為に巻き込んだ人達と共に、2人は、自分と自分が求めているものを正確に認識するようになる。
この映画を見て、一時の気の迷いや、刹那的な感情、欲望に身を任せてしまうと、本来の自分の判断から外れてしまい、
自分がよく見えなくなり、望む状態とはずれている状態となるように感じた。
トニーはとてもキュートである。
| 『サマーウォーズ』 2009 |
声:神木隆之介、桜庭ななみ、谷村美月、斎藤歩。細田守監督
アニメーション
世界中の人々が集まるインターネット上の"仮想世界 OZ"。そこではショッピングや行政機関のサービスも受けられるようになっている。
便利になった反面、あることがきっかけにアカウントの乗っ取りがおきる。
インターネット上のサービスを利用するときに、そのシステムが強固なセキュリティに守られているといわれていても、
実際にどの程度安全なのかなどは意識することなくそのサービスを利用してしまう。
そのサービスの規模が大きければ大きいほど、セキュリティが破られた場合に被害が大きくなる。
問題をアニメっぽく解決させる。
やはり活躍するには卓越した能力が必要なんだろうなと思う。このアニメの中で唯一身近にありそうな能力としては花札やトランプなどの勝負運なのかなと感じる。
| 『鮫肌男と桃尻女』 1998 |
監督 石井克人 出演 浅野忠信、小日向しえ
普通の人間っぽくないような人たちが集まっている。普通の映画のように思うのだが、何か少し後を引くような感じがする。
気が違っているような人間の中で、少しまともっぽい人間がいる。そのまともっぽいような人間が、
少し何か違っているような人間に惹かれるような感じとなる。
気が違っているような人間とは別に少し変わっている人間がいる。
趣向が正常ではないような人間がそばにいる普通の人間がいる。
変な人間たちの中で、その人間たちよりはまともっぽい人間がいる。
人間の中にある、変化を望む気持ちを刺激するような感じがする。
どこかに特殊さを感じていたいような心をもっている。
映画の中にもそういう人間が出ているし、
違う生き方をしたいとどこかで思っているような人間の目をひきつける印象がある映画である。
格好をつけているというのではなく、格好が良いと自然に、微妙に感じさせるものがある。
| 『SAYURI』 Memoirs of a Geisha, 2005 |
チャン・ツィイー、渡辺謙、ミシェル・ヨー、役所広司、桃井かおり、工藤夕貴出演、ロブ・マーシャル監督
ハリウッド映画
置屋に売られた女の物語である。
芸者は娼婦ではなく芸を売る。しかし、売られた少女が芸や女を磨き、結局は男たちに値を競わせ、高値で売られるというとなのだろう。
男しての立場で見るのか、女としての立場で見るのか、日本人として、または外国人として、それとも時代の問題としてみるのかわからない。
日本人として感情移入できるところがあまり無い映画である。衣装ぐらいしか評価が無い映画と思う。
| 『さらば愛しき女(ひと)よ』 FAREWELL, MY LOVELY, 1975 |
ロバート・ミッチャム、シャーロット・ランプリング、ジョン・アイアランド、シルビア・マイルズ、シルベスター・スタローン出演、ディック・リチャーズ監督
私立探偵が受けた女性を探す依頼からいくつもの殺人事件が起こる。偽の情報を与えられたり、はめられたりしながら、依頼の女性を見つけ出そうとする。
"Why" という言葉がこの映画で一番象徴的である。信じていたのに、びっくりすることが起きたからこのような言葉が出たのであろう。
周りの状況はどうでもよく、一人の人だけがいればいいと思っていたのであろうが、その純粋な気持ちとは反対に邪魔だと思われる。当人にとってはかなりさびしい気持ちがするだろう。
私立探偵は、渋く、人情味のある人物像である。
| 『さらば、わが愛 覇王別姫』 1993 |
香港映画
「運命」がキーワードだろう。そして、剣も重要な意味を持っている。キセルで打ったときに“石頭”の意思が“小豆”の意思を凌駕する。
この時から“小豆”の性同一性障害が始まる。
物が豊かになった分だけ生への固執が失われたように感じる。
生きる力動を感じる。新しい時代と新しい人間が存在する。
世代も価値観も違う。
めまぐるしく変わる時代に右往左往しながら生きる。
時代に取り残された人々、以前と同じ事をしてもそれが通用しない。
何が求められているのかを見失っている、自分の持っている目ではそれが見られない。
その中で多くの人間の裏切りがある。信頼していた人間からの裏切りに絶望する。それとは別に
時代がどのように変わろうともその他大勢の人間が次から次へとその時代に適応する。
歴史上の人物になりきり、その歴史上の人物として生き、時代に翻弄されながら
人生を送る。“女として生をうけ”ではなく、“男として生をうけ”と元に戻ったその時に
歴史上の人物と同じように精神的な“貞節を保って”最期をとげる。
| 『三十四丁目の奇跡』 Miracle on 34th Street, 1947 |
エドモンド・グウェン、モーリーン・オハラ、ジョン・ペイン、ナタリー・ウッド出演、ジョージ・シートン監督
偶然クリスマスパレードのサンタの代役となった老人が、百貨店のサンタ役も頼まれる。そこで子どもたちの贈り物に対する助言をし、自店ではなく敵対する百貨店の品物を推薦し善意を示す。
また、自分はサンタだと主張したことで、病院に強制収用させるべきかどうかを裁判所で決めることなり、彼が本物のサンタであることを弁護士と共に証明しようとする。
信じることのすばらしさがとてもよく表現されている。常識より信頼が人を幸せにする。
信じることで自分も相手も豊かになれる。信頼することで有形ではなく「無形の資産」を手に入れることができる。
「クリスマスはただの日ではない、気持ちだ」とクリスが言うように、クリスマス商戦に熱を上げるのではなく、または贈り物を買うこと、与えることに力をささげるのではなく、
気持ちをささげるべきであろう。それが結果として「物」であったとしても気持ちに起因する贈り物はそれは単なる物ではなくとてもすばらしい贈り物となるであろう。
相手を思いやる気持ちが「そこ」に含まれているのだから。
信じていなかった人が信じるようになる、信じることにくじけそうな人が信じることに喜びを感じるようになる。それはとても素敵なことだと思う。とても心が温まる映画である。
| 『サンセット大通り』 SUNSET BOULEVARD, 1950 |
グロリア・スワンソン、ウィリアム・ホールデン出演、ビリー・ワイルダー脚本、監督
年をとることの残酷さと大衆に注目されなくなったことへの哀しさが表れている。
中年婦人が過去の栄光に囚われている。過去の栄光が現在も続いているように思いつづけている。
それを手助けする元夫の執事が必死に中年夫人に仕えている。その姿は哀愁が漂う。
中年婦人を失望させまいとその執事が演技をしている。
中年婦人は若い女性に嫉妬をし、何とか一人の男をとどめさせようとする。
パトロンになるのも、結局は誰かにそばにいて欲しい、誰かを自分の思い通りにしたいという気持ちから来たものだろう。
自分がいまだに大スターであると思っているし、撮影所に戻りたいと思っている。
しかし、大スターなら本来パトロンになる必要はないし、脚本を監督のもとへ届ける必要もない。
大スターなら向こうから寄ってくるものだが、現在はこっちから出向かないといけない。
中年婦人はその違いを分かっていないのか、その違いを認めたくないのか分からないが、
精神病になるということは自分の中で何かを押し込めているからだろう。
執事の中年婦人を思う気持ちと、脚本家が新人脚本家を思う気持ちは他者へ向けられているが、
中年婦人だけは自分の中へ意識が向けられている。
| 『ザ・インターネット』 The net, 1995 |
サンドラ・ブロック、ジェレミー・ノーザム出演、アーウィン・ウィンクラー監督・製作
情報がコンピュータによって管理されるということの弊害を提示している。
近所づきあいもしないでも、行き付けの店を持つこともなく普段の生活を送ることができる。
他者とかかわることなく自分の生活が成り立つ時代である。
ネット上、コンピュータ上で形成される仮想の世界、虚像の世界で現実に生きている人間が生活していくことができる。
または、そう行った世界で生活の糧を得られる。現実の、人間くさい生活を避けることのできる世界に
人が住みついていける。
実際問題で、現実的に、映画上で起こったことが起こりうる可能性はすべて否定できない。
そもそも、人間に関する情報であり、情報を作り出すのは人間であり、情報を管理するのも人間であるからである。
人間自体を判断するのを、すべてコンピュータ上でするようになると、
人間らしさや人間の性質のあいまいさが失われてしまうように思う。
| 『THE 有頂天ホテル』 , 2005 |
役所広司、松たか子、佐藤浩市、香取慎吾、篠原涼子出演、三谷幸喜監督
日本映画
大晦日に、いろいろなごたごた(喜劇)を寄せ集めて作った映画である。
よくできたというか、よく収めた喜劇である。間違いや勘違い、意識的な演技(猿芝居)が集まっている。
勘違いや間違いが総じて笑いが起こるというよりは、寄せ集め、まとめ上げた印象がある。
伊藤四郎が演じた役どころがいまいちよくわからない。
| 『ザ・エージェント』 JERRY MAGUIRE, 1996 |
トム・クルーズ、レニー・ゼルウィガー主演、キャメロン・クロウ監督・製作・脚本
自分の理想を追求したばかりに、会社を追われることになる。
理屈では正当なのかもしれないが、会社としては利益を追求しなければならないので邪魔者扱いされる。
スポーツ・エージェントとしてクライアントを誉めまくるシーンはとても悲しげであるが頼もしい。
理想をともにするアシスタントと共に自分の将来を考えることになる。
唯一のクライアントをサポートするのだが、彼にもいまいち信用が置けないというか将来性を見出せない。
自分がやってきたことが正しいのかどうかも自身が無くなるが、唯一のクライアントを信じるしかない。
のりの良い短絡的なクライアントはどうしようもないなぁと思うが好感が持てる演技をしている。
人を信じることの大切さを感じる。結果的にはうまく行くのだが、組織ではなく個人で仕事をするつらさを感じてしまう。
| 『ザ・コマンド』 RAVEN, 1996 |
用兵として雇われているのなら、プロらしい行動を取ってほしいものだ。 寄せ集めの用兵なのはわかるが、やり方を統一させるべきであろう。 プロなら友情とかその他の感情を持ち出すべきではないだろう。 職業でやっているのだから、それくらいわかりそうなものだが。 人間としての誇りを持つのなら、用兵になどならなければ良いのに。 用兵としての誇りを持ってそれを貫いてほしいものだ。 特に驚けない裏切りなどがあり、全然裏切りとも感じられなかった。 不思議に思えない裏切りなど、そもそも裏切りといえるのだろうか。 爆破にも生き残り、レイビンからも無傷で助け出されたのだから何かしらの疑問を持っても良いのではないかと思う。
| 『ザ・シークレット・サービス』 in THE LINE of FIRE, 1993 |
クリント・イーストウッド、ジョン・マルコビッチ出演、ウォルフガング・ペーターゼン監督・製作総指揮
重々しくもなくあっさりと終わったような感じがする。
話の筋もとてもわかりやすい。見る者が何も推測しないで見ていられる。
前半に起きた出来事や情報が後半に全て明らかにされたり、つじつまが合ってくる。
あまり切迫した雰囲気や緊張感が感じられない。
多少、内的独白をしていたが、あまり切実なものとは感じられない。
過去の出来事の悔恨や葛藤をもっと広げたほうが真実味が出てくるように思う。
自分のポリシーを持っていることは分かるが、それが今の社会の現状からいって受け入れられなければどうしようもない。
自分勝手な思想を持つのはかまわないがそれが他者の犠牲の上に成り立つのなら何ら価値のないものであろう。
| 『座頭市』 , 2003 |
ビートたけし、浅野 忠信、大楠 道代、橘第 五郎、大家 由祐子、柄本 明出演、北野 武監督
格好よさが伝わってこない。面白おかしくもない。タップも疑問符である。返り血は浴びないのかな?、それをよけているのかな?。
もっとうまく、自然に切れないのかな。違和感が残る。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の趣向のほうが断然よかった。
評価できるのは、あの姉妹の動きだけかな。
| 『ザ・ビーチ』 The Beach, 1999 |
レオナルド・ディカプリオ、ロバート・カーライルヴィルジニー・ルドワイヤン出演、ダニー・ボイル監督
最初の目的と実際に目的地について以来の目的が異なっているように感じる。
結局は精神的な安楽、解放を求めているのではなく、社会から外れ、安易な隔離された小さなコミュニティでの生活に浸る。
しかし、そこは、経済的にも精神的にも薬物に依存する世界であった。精神的な高揚ではなく、肉体的な快楽に身を置いている。
そういうコミュニティに身をゆだねている。
本来の目的である、何を求めて、何を探して、何を手に入れ、自分をどうするのか、どうすれば満足するのかが不透明な感じがする。
もともとの動機付けがとても弱いような感じがする。
人間が陥りがちな、非社会性を求め、自分は他人とは違う、自分には何かがある、別のところに行けばもっと違う自分がある、自分は違う自分になれるという
安易に陥りがちな観念に浸かっている人間の一人のように感じる。非社会的で適切な人間関係を築けないような青年が空想に時間を費やしているように思う。
ゴールディングの『蝿の王』のような作品には到底なりえないところがさびしい。
| 『ザ・ファーム 法律事務所』 THE FARM, 1993 |
トム・クルーズ、ジーン・ハックマン出演、シドニー・ポラック監督・製作
第一印象はよく、かなり良い待遇を約束されて好印象を持つのだが、いろいろと不自然なことが起こり、それがつながって疑念がわく。
策略にはまり、弱みを握られ苦悩する。しかし、自分の理想を想い求めて行動する。
妻に自分の裏切りの行為を告げてから、両者がそれぞれのことを思いやる。
それぞれが別の道をたどりながらもそれぞれのためを思い行動する。
法律事務所とFBIの間の圧力にも自分自身を保ち、自分の思うままに正しい道を選択する。
頭を使い、法律家だけに違法なことや悪行をしないで、自分の身を守ろうとする。
彼は善悪のどちらの側にも違法なことをしなくて、それでいて自分の窮地を逃れるとてもスマートな男である。
奇抜さのない素直なストーリーとなっている。
犯罪者というものはそもそも独善的なものかもしれない。理解しがたいし心理分析なども当てはまらないものかもしれない。
| 『ザ・プロフェッショナル』 HEIST, 2001 |
ジーン・ハックマン、ダニー・デヴィート、デルロイ・リンド出演、デイヴィッド・マメット監督
強盗グループの一人が足を洗うことから軋轢が生じ、グループの分裂、だまし合いを繰り広げる。
首謀者は、本当のことは、基本的には自分のみが知っていて、だましたり欺かれたりしながらも、最初に誰かを信じるという事ではなく、
最終的に裏切らなかった者のみが仲間であるということのような気がする。
だまされたり裏切られたりしても、一つ一つ理由を聞いていれば、判断をにぶらし、首尾一貫した行動を取ることが出来なくなる。
そういった意味で、状況を考慮しながらも、心情では判断を変えることが無いことが陥れられない秘訣なのかもしれない。
| 『ザ・マジックアワー』 , 2008 |
佐藤浩市、妻夫木聡、深津絵里出演、三谷幸喜監督
ボスの愛人に手を出したホテルの支配人が、ボスが探している殺し屋を見つけてくれば許してやるという約束をすることから始まる。
悪くは無い映画であるが、大絶賛する映画でもない。脚本がちょっと強引のような印象がある。
もっと、テンポの良い、すっきりした進行なら良いような気がする。
コメディのような少しリアリズムのようなどっちにもつかない感じである。
ストーリーの展開はカメラがあるかどうか、カメラが回っているかどうかがポイントである。
| 『ザ・メキシカン』 The Mexican, 2001 |
ブラッド・ピット、ジュリア・ロバーツ、ジェームズ・ギャンドルフィーニ、ボブ・バラバン出演、ゴア・ヴァービンスキー監督
呪いがかかっているという拳銃を手に入れるためにメキシコへ行かされる男とその恋人が結ばれるまでを描く。
拳銃の話というよりは、男とその恋人の話が中心であるように思う。呪いの伝説自体はいい話となっているが恋愛の布石でしかないように感じる。
男女の短気ぶりや感情に支配された行動はよく表現されている。それなのにゲイの話や恋愛の一般論にはとても理解がある人物像である。
| 『The 焼肉ムービー プルコギ』 , 2006 |
松田 龍平、山田 優出演、グ・スーヨン監督
料理対決番組内で焼肉対決をするという話。
特に印象に残らないコメディ映画である。笑うところも無く、感動するところも無く、淡々とストーリーが展開する。
「たかが焼肉、されど焼肉」という言葉のとおり、特別言及するべきところがない映画である。