| ☆英語で書いた感想へ In English |
ラ リ
ア行 カ行 サ行 タ行 ナ行 ハ行 マ行 ヤ行 ル レ ロ ワ行
| 『ライアーライアー』 LIAR, LIAR, 1996 |
ジム・キャリー主演、トム・シャドヤック監督
さわやかなコメディーである。とても素直に笑えてしまう。見ていて飽きないコメディーである。
ばかばかしいが、とても無理がないし、しつこさもなく、くどくなることも無い。
フレッチャーの表情がとても豊かである。うそっぽく感じるが、それは全然違和感が無い。
ストーリーの展開は、子どもが起こす。子どもの願によってうそつきの弁護士 "lawyer" を改心させることになる。
自分には子どもが大切だということを離婚裁判の弁護を通じで気がつく。
うそをつきどおしの裁判では、彼は子どもの大切さを感じなかったかもしれない。
しかし、嘘をつけないことで窮地に追い込まれたのだが、
本当のことしか言えないおかげで自分が普段気がつかなかった「気持ち」を気づかせてくれる。
嘘をつくことで自分の本来の気持ちに壁を作っている。嘘をつけなくなることで本来の自分が取り戻せた感がある。
| 『ライアンの娘』 Ryan's Daughter, 1970 |
ロバート・ミッチャム、トレヴァー・ハワード、サラ・マイルズ、クリストファー・ジョーンズ出演、デイヴィッド・リーン監督
姦婦として、および裏切り者として小さな村で吊るし上げられ、村を去ることになる女を描いている。
法で裁かれるのではなく、蜂起に反した事や宗教心で集団によって罰(辱め)を受ける。集団心理によって暴走に拍車がかかる。
集団心理は自己の判断を失わせ、適切な指導者がいなければ集団は破壊の道を突っ走る事がある。
法による根拠も無く、集団が「個」に罰を与えてしまう。
肉欲を満たす事ができないことから姦通をしてしまうが、「宗教」によって吊るし上げられ、それの罰を与えるのが「罪深い同じ人間」であるというのは、宗教の不思議さが表れている。
体制に対して蜂起する事自体の行為、お金を貰って裏切る行為、身代わりになって罪を被る行為、不貞を働く行為、
それぞれの行為は一義的ではなく、時代や状況によって持つ意味が異なってくるという興味深い面が描かれているように思う。
罪を犯す事や罰する事、嫉妬や不貞に対する怒り、肉欲とその結果の悔やみ、許す事や懺悔など、人は実態はあるのだけれども、つかみ所がないような存在に思う。
| 『ライオン・キング』The lion king, 1994 |
ディズニーアニメ
善と悪の対立が顕著で道徳的な部分が多分にある。
全体的にあっさりとしている。何かの葛藤があったり、複雑な心情は描かれていない。
子供向けのとても素直なストーリーとなっているように思う。
動物間の共生やサイクルがある。残酷であるはずのものがとてもあっさりとしている。
血なまぐさくはなく、きれいなイメージである。
正義や愛が勝つところは子どもにとっては良いであろう。
| 『ライジング・サン』 RISING SUN, 1993 |
ショーン・コネリー主演
アメリカ人から見た日本の社会が本当にこんな物なのだろうかと疑いたくなる。
アメリカ人が日本人のように振舞うから変な感じがするのだろうか。
日本人が同じ事をやったとしたら、違和感はないのだろうか。しかし、変なところが誇張されているように思う。
もし、会社の体質があのような感じであるなら、崩壊は必然的であろう。
サスペンス以前の問題で、日本人がアメリカ人から見てどのように見えているのだろうかと不安になる。
音楽もアナクロニズムであるような印象を受ける。
| 『ライフ・イズ・ビューティフル』 La vita e bella, 1997 |
ロベルト・ベニーニ、ニコレッタ・ブラスキ、ジョルジオ・カンタリーニ出演、ロベルト・ベニーニ監督
イタリア映画
店に落書きされた "NEGOZIO EBREO" がこの映画の象徴的な部分かもしれない。
ユダヤ人であることが特別なのだろうか。ユダヤ人であることが何か意味するのだろうか。
特定の集団に属していることがどうして「意識」されなければならないのだろうか。人間としてではなく、
ユダヤ人として「意識」されたところがそもそもの問題ではなかろうか。
世界的な悲劇をユーモアと皮肉っぽく描いている。
悲劇を悲劇として描けばストレートに素直に伝わるが、
既存の悲劇をコミカルに描くと、楽しい反面、その楽しさが異様に悲しく、虚しく感じてしまう。
自分の中で消化不良を起こしているようでもどかしさを感じる。それが自分の中にずっと残っているような感じがする。
なぞなぞを出していたドイツ人はいわゆる「いい人」であるが戦争や虐殺を全く感じさせない能天気さが伝わってくる。
見方によればとても皮肉っぽく描かれている。
全体的にユーモアに描かれているが、馬や、店に落書きされたり収容所に送られる時の車両に乗り込むシーンや、
父親が殺されるシーンなど、所々に悲劇っぽく描かれていないが
それでいてまじめなシーンがある。全体的にコミカルでるため、そういうシーンが逆にとても悲しく感じてしまう。
| 『ラスト・オブ・モヒカン』 THE LAST OF THE MOHICANS1993 |
James Fenimore Cooper, 1789-1851 クーパーの『最後のモヒカン族』(1826)の映画化
原作とは少し違っているが、ナティのフロンティアの理想、道徳の理想が語られている。
国や、種族の覇権争いを繰り広げる。 ネイティブ・アメリカンがその種族を途絶えさせるかどうかの過渡期を迎えている。
文明というなの元に古来からの部族が消えていく。時代の洗練といってしまえばそれまでだが、
そこにはそれまでの価値観や道徳心があった。そこには精霊など、自然宗教的なものが地に根付いていた。
そういったものを、文明が蹴散らかしていく。その儚さと、無残さと、残酷さが含まれているように思う。
死ねば自然と土に返っていったものが、強制的に死へと導き出される。自然の摂理が失われつつある時代の境目にある。
他の文明により、時間が大きく進んでしまったその社会の歪みが表れているように感じる。
| 『ラストサマー』 I know what you did last summer, 1997 |
ジェニファー・ラヴ・ヒューイット、サラ・ミシェル・ゲラー、ライアン・フィリップ、フレディー・ブリンゼ・ジュニア、ミューズ・ワトソン出演、ジム・ギレスピー監督
交通事故を起こし、轢いた男を海に沈めたと思っていたが、実は生きていて、その男に襲われるストーリーである。
カメラアングルが3人称のときが多いので、客観的すぎて、主観的な恐怖感が得られない。
迫力があまりないように思う。追いかけられるシーンなどはあまりにも人気がないところで行われる。
あのような周りの状況で人気がないのはあまりにも不自然なように感じる。
4人に轢かれた男の年齢とか体格とかを完全に見失ったところからこの物語のしっくりこないものが始まる。
4人が見えない殺人鬼に翻弄させられて互いに猜疑心を持つところはわかる。
黒いシルエットや、象徴的な武器は多々の場面で使われている。
復讐という観念から殺人をするのなら、なぜ関係のない男や女、4人のうちの一人の姉、警官を殺すのだろうか。
ただ単に精神異常の人間の無作為の殺人という設定ではないのだから不自然さが残る。
| 『ラストサマー2』 I Still Know What You Did Last Summer, 1998 |
ジェニファー・ラヴ・ヒューイット、ロビン・ライト、ポール・ニューマン、フレディー・ブリンゼ・ジュニア、ブランディー・ノーウッド出演、ダニー・キャノン監督
交通事故で殺してしまったと思っていた男が実は生きていて、その男が交通事故を起こした男女に復讐するストーリーである。
実態がよく見えなくて、不気味な感じを表現して恐怖心を抱かせるのと、実態を表して武器により恐怖心を持たせる表現方法がある。
前半部分は実態がよくつかめないが、殺人鬼の後半部分は露出が多くなる。
派手な武器を持っているわけではないので、それほど恐怖をかきたてられるわけではない。
情緒的な恐怖ではなく、物体の恐怖を表現しようとしているのだが、あまり伝わってこないように感じる。
| 『ラスト サムライ』 THE LAST SAMURAI, 2003 |
トム・クルーズ、渡辺 謙、真田 広之、原田 眞人、小雪出演、エドワード・ズウィック監督
それほど長く感じなかった。また、ハリウッド映画のわりに日本人がそれほど変に描かれていなかった。
最後の方で土下座?するシーンは、礼をつくしている感じがする。
近代化していようとも、「魂」は武士の精神を忘れていなかったということだろう。この時、もっと花びらが悲しく舞い散っていてもいいように感じた。
大尉はrude(無礼)な態度から、礼節を理解するまでに成長?する。
個人的には真田広之の方が格好が良いと思った。木刀や刀を交えるシーンは結構格好の良いものだった。
小雪の役の心情はちょっと良くわからなかった。
| 『ラスト・ボーイスカウト』 The Last Boy Scout, 1991 |
ブルース・ウィリス、デイモン・ウェイアンズ、ハリー・ベリー出演、トニー・スコット監督
大統領の命を救ったことがあるという経歴を持っているが、現在は落ちぶれた探偵として仕事を回されたことから、警護対象の女性が殺される事件に巻き込まれる。
女性の恋人や自分の娘もかかわりながら事件を解決しようとする。
ストーリーとしてはつまらないわけではないが、設定がありふれた感じがしてしまう。少し精彩に欠ける感じの映画である。
登場人物の格好よさやアクションもあまりない。
| 『らせん』 , 1998 |
中谷美紀 、佐藤浩市 、佐伯日菜子 、松嶋菜々子 、真田広之出演、飯田譲治監督
ホラー映画
貞子の話をしているのかどうかわからない。この映画だけを見ると、全く恐怖を感じない。精神的な恐怖や映像的な恐怖を感じない。また、怨念ではなく、遺伝子工学を表しているような映画である。
はっきり言って、面白くは無い。
| 『ラヂオの時間』 RUSH HOUR, 1997 |
唐沢寿明、鈴木京香、西村雅彦、戸田恵子、井上順出演、三谷幸喜監督
生放送でラジオドラマを製作しようとし、脚本家、製作側、声の出演者たちがいろんなことを要望し、生放送に突入する。
当初の脚本とはかけ離れた設定やせりふになり、スポンサー問題とか地理的条件などの矛盾、脚本家の要望などが次から次へと噴出する。
また、製作する人間のプライドや葛藤を織り交ぜ、ストーリーが展開する。忙しい喜劇である。
登場人物の設定は、個性が強くとてもまともに日常生活をおくれないような人物像である。粘着的というか、しつこいというか、変なこだわりを持っている人間が登場する。
しかし、その中にも、こだわりを見せず、「まっ、いいか」と妥協する人間もいる。そのあたりのバランスが集団の縮図を表しているように思う。
なかなか面白い映画である。
| 『ラッシュアワー』 RUSH HOUR, 1998 |
ジャッキー・チェン、クリス・タッカー出演、ブレット・ラトナー監督
アメリカ映画
単なる銃中心のアクション映画ではないので、見所が多い。
香港のアクション映画のように素手で戦うところが比較的多いので見ていて面白みがある。
クリス・タッカーの役がいまいちよくわからないキャラクターである。
彼の役のような警察官がいたならもっと街の治安が悪くなるのではないかと思われる。
銃社会のアメリカではカンフー映画は馴染まないかもしれないが、
ハリウッドの撃ちまくりの爆破しまくりのアクション映画を少しでもカンフー映画のような見所多きものに
してもらう布石になればと思う。どこかを爆破したりするよりはどこかへ飛び降りたりするほうが緊張感があって良いように感じる。
| 『ラッシュアワー2』 Rush Hour 2, 2001 |
ジャッキー・チェン、クリス・タッカー、チャン・ツィイー、ジョン・ローン、ロセリン・サンチェス出演、ブレット・ラトナー監督
アメリカ映画
前作に比べるとそれほど格闘シーンとそれとは対照的な面白おかしさがないように感じる。
また、女性が映っているシーンが多いが、もっと魅力的であったり、切れ味の良い格好よさ、強さと美しさのギャップ、強さともろさのギャップがあっても良いと思う。
機械的な強さや美しさでは、単調な感じがしてしまう。
いつものテーブルや椅子を使った格闘シーンや、素手でのみ格闘するシーンなどもたくさんあれば、銃撃や爆発では味わえない人間味ある映画となるように思う。
| 『ラフ ROUGH』 , 2006 |
長澤まさみ、速水もこみち、阿部力、石田卓也、高橋真唯、黒瀬真奈美出演、大谷健太郎監督
あだち充の『ラフ』の映画化
因縁のある別々の和菓子屋に生まれた娘と息子が同じ高校に入学し、入寮から告白までを描く。
格好が良いとは見えない人物である。また、はつらつとした感じや、フレッシュな高校生らしさが感じられない。さらに時間の流れが伝わりづらく、季節感が出ていない。
小柳かおり役の人物はこの映画の中ではそれほど必要でないような印象がしてしまうのが残念である。全体的に内容、演技に物足りない感じがする映画である。
| 『愛人 ラマン』 L'Amant, 1992 |
ジェーン・マーチ、梁家輝、フレデリック・マイニンガー、アルノー・ジョヴァニネッテイ出演、ジャン・ジャック・アノー監督
フランス、イギリス映画
愛人関係にあった2人が逢瀬を重ねるうちに、愛情に似た感情を持つようになる。
決して結ばれる事が無い関係であり、その関係であるがゆえにあやふやなまま継続できたのだろう。
しかし、触れあい関係が続くにつれ、微細な心情の変化が起こるが、
流れの変化にはっきりとは気づきはしない。
気づく頃には、どうすることもできない立場や状況にあり2人の関係はそのまま終焉を迎える。
立場や状況での人間関係があり、それに基づく感情を持っている。
次第に立場や状況は消え去り、感情だけにより行動しようとする。
感情の流れに乗り、自分の行動の変化に気づく頃には事態は動き出している。
結ばれなかったがゆえに、虚無的なさびしさ、望み、脱力感が漂うのだろう。
| 『ラリー・フリント』 The People vs. Larry Flynt, 1996 |
ウディ・ハレルソン、コートニー・ラヴ、エドワード・ノートン出演、ミロシュ・フォアマン監督
猥褻や名誉毀損など表現の自由とはなにかを考えるきっかけになる作品である。権利の元で何を主張できるのか、
または、何が規制させられるのかが争点となる。
かつては伝統や宗教によってある程度の基準が作られ、その中で表現の自由が行われてきた。
その基準からはみ出てしまうと他者に害悪、不快感を与えたということで排除されてしまう。
そしてその基準は時代時代によって範囲が大きくなったり緩やかになったりしてきた。
社会における平均的な人々がどのように受け止めるかによって猥褻はきめられ、
文学や公共性など社会的な価値があるのかによって猥褻ではないと判断される。
名誉毀損については、公共の利害において公益であり、それが真実であれば名誉毀損ではなくなるといったことが日本では考えられ、
アメリカでは誰に対してであり、そのことが確実に第三者に伝わり、それによって不利益が生じ、その責任が発言者にある、
あるいは過失があることが名誉毀損には必要になる。
表現の自由とは別に、微妙な恋愛関係、夫婦関係が表現されている。明確な結びつきがあるわけではなく、
単なる趣向、趣味の一致でつながりあっているように感じる。こういった不可解な関係が表現の自由という問題とは対照的である。
なお、みんなを許し、握手をさせたことは妻への深い愛を感じさせるシーンである。
| 『ランデヴー』 RENDEZ-VOUS, 1985 |
ジュリエット・ビノシュ、ランベール・ウィルソン、ヴァデック・スタンザック出演、アンドレ・テシネ監督
フランス映画
あふれんばかりのエネルギーをもてあます。若さゆえの自暴自棄的な行動をとる。
古典の登場人物の理想像を実現させるように必死になる。
一人の女性を中心として男達の複雑な人間関係を描く。
演劇に情熱をささげている人間がいれば、自分に陶酔している人間が芸術を語る。
思い入れが激しく自分に何かが降臨しているかのように振舞う。
精神的に支配されている人間と支配しようとする人間たち。
人間としてよりもその役の人物として生きようとする。
精神的にとらわれている。強迫的な行動をとる。自分の感情をコントロールできないくらいな想いを持っている。
いろんな感情と欲望と思念、感性をぶつけあいそれぞれを傷つけあう。それぞれの意思を融合させようとするが
むなしく反発しあう。
| 『リービング・ラスベガス』 LEAVING LASVEGAS, 1995 |
ニコラス・ケイジ出演
アルコール中毒患者が,死に至るまでの過程が描かれている。
アルコールを飲み始めてから依存になるまでの過程,依存から中毒になるまでの過程はここでは描かれていない。
中毒になったところからその人間がどのように死んでいくのかが描かれている。積極的に死に向かっていこうとする男であるのだが,
人生に失望したような、絶望したような感じはないのに、ただ漠然と死に向かっているのが楽しいような印象を持たせる作品である。
死の恐怖などはなく,アルコールによる自己破壊を進めている。感覚や感情がすべて麻痺しているような感じがしている。感覚や,感情の起伏などはなく、感情の変遷なども描かれていない。
外見だけがただ変わっているような感じである。
| 『リオ・グランデの砦』 RIO GRANDE, 1950 |
ジョン・ウェイン、モーリン・オハラ、ベン・ジョンソン出演、ジョン・フォード監督
自分の隊に息子が赴任をし、その息子を除隊させるために別居中の妻がやってくる。軍に農園を焼き払われたことに端を発し、別居することになるがその妻との関係、息子との関係を描く。彼が率いる軍隊はアパッチを討つことが目的となるが、それ以上に夫婦、親子の絆がストーリーの中心となっている。名誉を重んじる気骨さが描かれえいる。
| 『理想の女(ひと)』 A Good Woman, 2004 |
スカーレット・ヨハンソン、ヘレン・ハント、トム・ウィルキンソン、スティーヴン・キャンベル・ムーア、マーク・アンバース、ミレーナ・ヴコティッチ出演、マイク・バーカー監督
夫の浮気を疑う妻と浮気の相手とされる女性との意外な関係を描く。
オスカー・ワイルドの『ウィンダミア卿夫人の扇』が原作とされる。『ウィンダミア卿夫人の扇』は以前読んだことがあるが、
内容は忘れてしまっていてこの映画でなんとなく思い出した感じがある。
原作があるのでストーリー自体はしっかりしていると思う。
母親の娘に対する愛情が感じられる。また、結婚や男女の関係に対して皮肉な言葉がたくさんあり、ある意味当てはまるようなところも多い。
スカーレット・ヨハンソンがとてもきれいであり、映像も全体的によい感じがする。
| 『リトル・ブッダ』 LITTLE BUDDHA, 1993 |
英、仏合作映画
宗教色の濃い映画であるが、日本人には馴染みやすいものだろう。
宗教上の教えというよりは、普遍的な思念という印象を持つ。
人間とは何かという答えの見出せないような疑問にも対応するようなものであろう。
宗教上の用語は多数出てくるが、それらは単なる言葉ではなく、人の中に浸透するようなものに感じる。
「魂の強さが肉体の苦しみを超える」 ということは多くの考え方の中に含まれているように思う。
ブッダ(目覚めたもの)というものも、わかりやすいように描かれている。
思い悩んでいる時には、こういう映画を見るのも選択肢の一つであるように思う。
| 『リトルマン・テイト』 Little Man Tate, 1991 |
ジョディ・フォスター監督、主演
年齢に相応した能力を持っていない人は色々と苦労するのだろう。
知能だけが極端に発達していても精神的にまだ未成熟なためにそれを十分に活かすことができない。
強力なハードウェアを持っていてもそれを生かすだけのソフトウェアがないと十分な機能を発揮されないだろう。
一方だけ発達していても他方が未発達ならうまく機能しないことであろう。
高等な教育を吸収できるだけの頭を持っている子どもにとっては年齢相応の教育はとても色あせたものになるだろう。
しかし、知能だけは高等教育でカバーできても精神的なものは年齢相応の人間のふれあいが必要である。
8歳にして初めて自分が幸せだと感じることは幸せなことなのだろうか。ロボットではないので
心的なケアも必要なのだろう。子どもと大人がお互いにそれを理解したのはとても有意義なことだろう。
| 『リバー・ランズ・スルー・イット』 A RIVER RUNS THROUGH IT, 1992 |
ブラッド・ピット、クレイグ・シーファー出演、ロバート・レッドフォード監督
懸命な兄と魅力はあるが無鉄砲な弟との関係を、
兄弟を育てた牧師の父と母、モンタナの土地を通して描く。
兄が熱をあげる女性の家族とは対照的に、自分の家族には情と優しさがある。
家族がそれぞれに大切にしあい、敬いあっている。
弟という性質上なのか突拍子もないことをしたり、危険なことや
自分のことを大切にしないような行動をとったりする。
結果的に弟は不幸なことになるのだが、家族を思う気持ちはとても深いものを持っている。
一見まとまっているように思える家族であるが、突然悲しみが襲ってくる人生のはかなさとむなしさや、
兄弟が幼い時のままではない、確実に変化し、忍び寄ってくる時間の流れを感じる。
| 『リバティ・バランスを射った男』 The Man Who Shot Liberty Valance, 1962 |
ジェームズ・スチュアート、ジョン・ウェイン、ヴェラ・マイルズ、リー・マービン出演、ジョン・フォード監督
作品の最初と最後が現在であり、過去を回想することでストーリーが展開する。
名声を得た上院議員だが、そこには1つの秘密がある。
どうして名も無い男の葬式に来たのかが鍵となる。
正と悪の対立、法律と拳銃の対決、無法と秩序の対比がある。
罰するという行為を履行できる力が存在することで法が成り立つ。
法だけが存在していても、法を遵守させる力がないと形骸化してしまう。
形骸化している段階である場合には、ある程度、拳銃などによる圧力が必要となるのであろう。
登場人物の引き際のよさ、物分りのよさ、思いやり、メリハリのある行動がスッキリとした印象を与える。
正義を貫こうとする態度がうかがえる。
| 『リプリー』 The Talented Mr. Ripley, 1999 |
マット・デイモン、グウィネス・パルトロウ、ジュード・ロウ、ケイト・ブランシェット出演、アンソニー・ミンゲラ監督
プリンストンのジャケットを着ていたことがきっかけで、ヨーロッパで贅沢な生活を送ることになる。
しかし、自分の能力や才能でお金を稼ぎ生活をするのではなく、他人のお金で生活を送る。
さらに、目的地に向かう途中に出会った女性に名家の名前を名乗ることで後にさらに生活に混乱をきたす。
放蕩生活になれ、お金を出してもらっている金持ちの息子に飽きられたことがきっかけで、殺人を犯す。
さらに、その殺人を隠すために嘘で固めて他人に成りすまし、さらに嘘がばれないように嘘で塗り固めていく。
警察などがホテルの支配人などに面通しをすれば、犯罪自体はすぐにばれているようにも思えるが、そのことはわかっていてもなかなか緊張感があっていいのではないかと思う。
大胆なことをするのに、かなり小心的なところや、恋愛の趣味など主人公の人物像は少しわかりにくい感じがする。
| 『LIMIT OF LOVE 海猿』 JUST CAUSE, 2005 |
伊藤英明、加藤あい、佐藤隆太、大塚寧々、吹越満、浅見れいな出演、羽住英一郎監督
海上保安庁の潜水士たちが海難事故から乗客を救出しようとする話。1人の潜水士とその恋人の結婚の話も交えて描く。
一秒を争う状況の沈没しそうなフェリーの中で、どうして長々と恋人と携帯電話で話すことができるのかと疑問に思えてしまうが、
全体的にスケールの大きな映画であると感じる。加藤あいの演技がぎこちないと感じるかどうかは個人差があるだろうが、あまり上手でないように思う。
切迫した状態での精神状態をもうすこし緊張感を持って描いたほうが良いように感じる。格好がいいという演技やセリフが少ないように思えた。
| 『理由』 JUST CAUSE, 1995 |
ショーン・コネリー、ローレンス・フィッシュバーン、ケイト・キャプショー出演、アーネ・グリムシャー監督
祖母の存在として、悪い人の設定とも思えないが、単に彼を信じていただけだったのだろうか。
夫婦は今回はたまたまかかわりをもつ結果となったのか、それとも、彼に頼まれただけかもしれないが、
祖母も含めて彼らに復讐をすることを考えていたのだろうか。
収監されていたときのつながりとして別の死刑囚と交換条件で計画を立てたにしても、
事件を起こす前に人生を狂わせた原因に復讐などをすることを思い立たなかったのだろうか。
また、被害者を選び、個人的な怨恨もなく、あれほどまでに惨殺する理由は何なのだろうか。人種に対する情動なのだろうか。
なお、警察の犯人特定の根拠や捜査の過程における証拠、裁判での立証できたことについて、
いくつかの段階を経ているのに、それぞれでの段階でチェック機能が働かずずさんさがにじみ出ているように感じる。
| 『理由なき反抗』 REBEL WITHOUT A CAUSE, 1955 |
ジェームス・ディーン、ナタリー・ウッド出演
青年期の両親や、何かに対する犯行、疑問を扱っている。
ぶつけようもない感情をどこへぶつけるのかというどうしようもない感情がある。
父親の偽善的な態度に反感を持つ。もっと本音で物事を言ってほしかったのに、体裁を整える父親に怒りを覚える。
やり場のない若さゆえの有り余ったパワーをもてあます。
自分を優位に見せたいばかりに自分を誇示する。若気のいたりというか、若さがあるゆえの力動を感じる。
学校とか、組織とかに従順に従わない理由のない抵抗を描いている。
社会とか、学校とかのルールを無視した若者達のやり場のないエネルギーを感じる。
| 『流星』 The kid, 1999 |
レスリー・チャン、エリクソン・イップ、キャリー・ン出演、ジェイコブ・チャン監督
香港映画
父と子の愛情を描く。捨て子を拾い4歳まで育てるが、本当の母親に出くわし母親の元へ引き取られるまでを描く。
貧乏は貧乏として幸せに父と子は暮らしているのだが、子どもの将来を考えるように周りの知り合いに言われることで、子どもの将来のことを考える。
貧乏として生活を楽しんでいるが、そこにつかの間の裕福な生活が割り込んでくることで、これまでの生活が揺れ動く。
子どものために定職につこうとするが、仕事中は子どもの世話をする人がいなくなる。
自分の好きな仕事はあるのだが、子どもを置いていくことが条件となる。いろいろな葛藤がある中で、最終的な決断を下し、それに沿って今後のそれぞれの生活が始まる。
| 『猟奇的な彼女』 REBEL WITHOUT A CAUSE, 2001 |
チョン・ジヒョン、チャ・テヒョン出演、クァク・ジェヨン監督
韓国映画
印象として彼女はとても魅力的でかわいかった。前半戦と後半戦はずっと笑えるシーンである。
女性としての優しさと恐さ、綺麗さと強さ、見た目の上品さと大胆さ、度胸が対照的でとても引き付けられる。
清楚な感じと凶暴的行動のギャップが楽しめる要素となっている。
この作品に出てくる男性の表情は困った感じや情けない感じをよく表現している。
彼女の中にある昔の彼に対する想いは、本来は彼にとっては残酷である。
昔の彼のことを想いつつ、現在の彼と接しているのだから。また、昔の彼と同じことをさせていたのだから。
タイムカプセルを埋めた後に、別々の電車に乗ろうとしたが、彼は電車を降り、彼女は電車に乗ったということは、少なくとも二人の気持ちは一致していたように感じる。
延長戦でのシーンで、彼女は電車に乗っていて、キョヌが電車に乗ろうとして、乗れなかったシーンの映像がとても切なかった。
本来、彼女は昔の彼を忘れる必要ないのだろう。それも含めた彼女が現在の彼女であるのだから。もちろん、昔の彼にすがっていることはいけないのだろうが。
作品中に使われているパッヘルベルの『カノン』がとても優しい、厳かな雰囲気を演出している。
| 『リリィ・シュシュのすべて』 |
市原隼人、忍成修吾、蒼井優、伊藤歩、大沢たかお、稲森いずみ、市川実和子出演、岩井俊二監督
若さゆえの残酷さがある。思春期の意思の広がりに
自分の自制心や恣意性の抑制の発達が追いつかない。
教育やしつけによりモラルや常識が養われるが
それも追いつかずに放置されている。
意思の拡大により、今まで見えなかったものが見えるようになったり、
考えもつかなかった事にも気づくようになったりする。
意思を吐き出し、感情を判断基準とし、
自分の実態や立場を見失い、
自分の実情、実態と現実との乖離をさまよってしまう。
理想と現実、漠然とした理想、何か明確なものがあるわけではない。
淡く不確かなものを抱き、それに共鳴、共感しているように感じる。
自分と現実のものをつなげているモノ、それが唯一のリアルなモノだったのかもしれない。
自分の意思は急速に外に放出されたが、
自分の内側へも奥深く突き進む。
無垢と純粋さとは反対に
罪悪感にさいなまれる事も無く突発的に
他者を損なう行動をする。
意思が溢れ、自分の内外に意識を向ける時期と
それに平行してこれから現代社会に沿った常識や自制心、モラルを
身に付けていく時期の時間の流れ中で
欲望から生じる悪や犯罪と紙一重の所に位置している
生徒たちの他者へと自分への残酷さを描いている。
思春期の淡く甘いではなく、鋭く冷たい部分を描いている。
思春期特有の、大人のいない同世代だけの社会、
学校だけの社会といった現実社会とは離れた幼稚な社会に感じてしまう。
| 『リング』 , 1998 |
松嶋菜々子、真田広之出演、中田秀夫監督
ホラー映画である。
ある奇妙なビデオを見ると1週間後に死ぬという設定の映画である。その謎を解決しようとする人間たちがさらに巻き込まれる。
なかなか見せる映画である。それほど飽きないで見ることができる。また、恐怖にさいなまれることも無い。
人間の心理を突くというか、人の精神の弱さに乗っかっているような感じである。
人の怨念や恨みというのは、自分ではなんともできない。自分だけではなく、その相手を解決しなければならないという強迫観念に襲われる。
自己解決できないという設定がうまくできていると思う。
| 『リング2』 , 1998 |
中谷美紀、深田恭子、大高力也、小日向文世、佐藤仁美、松嶋菜々子、真田広之出演、中田秀夫監督
前作の補足的な映画であり、新しい事実は出るが、それほどその話題が展開することは無い。
前作の枠内でのストーリーのような感じである。
何かに触れたり、その場所に行く事で、過去の出来事の情景が浮かび上がるような映像が多用されている。
これが、ストーリーを分かりやすくしてくれる結果となるが、
その反面、映画自体が単調な感じがする。
怨念や恨みは本来気の持ちような感じもするが、
人知を超えているようなことも起きなくも無いのでそういうことに敏感な人はこの映画に恐怖を感じる事だろう。
ありえない状況での効果音だが、効果音は効果的である。
| 『隣人は静かに笑う』 ARLINGTON ROAD, 1999 |
ジェフ・ブリッジス、ティム・ロビンス出演、マーク・ペリントン監督
人物像が極端な気がする。人間の本質とかなりかけ離れているように思う。
彼女が院卒なら、それなりの判断力や、機知を持っていると思われるが、それが感じられない。
人の話を冷静に判断する能力に書けているように思う。
また、当事者の男性も何がしたいのかが分からない。自分の感情を極端に表わしているだけのように感じるし、
とても、大学で教鞭をとっていると考えられない。とても、短絡的な判断をしているような印象を受ける。
ストーリーがいきなりすぎて、わけがわからない。とても、筋道だったストーリーのように感じられない。
FBIの事もそうだし、全体的に脚本が短絡過ぎる。理路整然としてる様子がない。
大学の教員、院卒者、FBIの捜査官、それぞれの社会的背景が全く反映されていない人物像になっているところが全くの作りものになっているように感じる。
FBIの人間の頭の弱さには頭が下がる、とても見てられないような作品である。