-映画の感想-

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映画の感想

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『ローズ』 THE ROSE, 1979

 ベット・ミドラー、アラン・ベイツ出演、マーク・ライデル監督
 疲れきっていて磨り減っていた。物質文明に反抗して生命の衝動におもむくままに生きる。 社会に幻滅して因習的な思想、常識的な生活に反抗しドラッグやアルコールやセックスにおぼれる。 現実から逃れてただ「今」という現在を生きる。他者との共通点を虚しく求める。 盛りあがった後には虚しさの残る疲弊感を感じる。 richを求めるがそれには本質的に満たされない。自分の過去を振り返ろうとする。 懺悔をするかのように自分の体験を告白する。結局誰も信頼していないし誰にも信頼されていない。 場当たり的な感情と言葉を発する。それに後悔と反省をする。しかし、それを何度も繰り返す。 clean、ドラッグにおぼれないようにするが結局は手を出してしまう。 確実性のない世界で退廃的な世界観を持って生きる。人生を太く短く生きる。 home を探す。自分が誰なのか、錯乱した状態で自分の存在を求める。 エンディングで流れる歌ははかなさを感じる。

『ローズウッド』 ROSEWOOD, 1997

 権利の平等が当然のように保障されているというのはとても幸せなことだろう。 生まれたときから身分が保証されているということは当たり前のようであるが、 そういうことがきちんと存在している時代になったのはまだ日が浅い。 先入観と偏見にまみれて育った大人はなかなか真実が見えない。 一つの嘘から凄惨な事件へと発展する。黒人にとって平和な町であったが、そんなことは一瞬にして吹っ飛ぶ。 とても不確かで表面的な均衡状態が一瞬に不和を呼ぶ結果になる。 この映画を見ると人間が人間として平等に生まれられることの至福の時代を喜ばざるを得ない。 当然のことが当然として保護されている時代というのは贅沢なのかもしれない。

『ロード・オブ・ザ・リング』 The Lord of the Rings:The Fellowship of the Ring, 2001

 イライジャ・ウッド、イアン・マッケラン、リヴ・タイラー、ヴィーゴ・モーテンセン、ショーン・アスティン出演、ピーター・ジャクソン監督
 pity(あわれみ),
Even the smallest person can change the coarse of the future. 
I choose a motal life.
などの言葉がキーワードとなるだろうが、この作品自体では結果は出ていない。 登場人物の顔が皆きれいすぎるような気がしてならない。あまり、汚れていないのが不思議でしょうがない。 泥臭さや人間臭さ(人間ではないものが多いのだが)が感じられない。 こざっぱりしすぎなような感じがする。人間ではないのでやはり汚れないのだろうか。 ストーリー自体にはそれほど違和感を感じないが、それ以上に思い入れる部分もない。 ゲームのシナリオのように淡々と段階をこなしていく。この作品自体では見ごたえがあるものではない。

『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』 THE LORD OF THE RINGS:THE TWO TOWERS, 2002

 イライジャ・ウッド、リヴ・タイラー、ケイト・ブランシェット、ヴィーゴ・モーテンセン、イアン・マッケラン出演、ピーター・ジャクソン監督
 ファンタジーであるので、全体的にゲームのRPGのようである。主人公は肉体的に成長しているのかどうかは分からないが。 既存の仲間が、いろいろな新たな仲間をつくり、手助けをしてもらう。 このような内容は、RPGのようであり、作品的にはいい傾向である。 景色も含めて、映像はきれいである。また、カメラワークも斬新ではないが良い。 フロドがサムを剣で喉もとを刺そうとするシーンのサムから見たようなアングルは個人的に好きである。 剣のシャープさやフロドの顔の取り付かれた様子がマッチしていて良い。
 "You're part of this world." という言葉がこの作品では印象的だ。 この世界の一部(構成要素)である、ということは連帯感を生み出し、事態を自分にひきつける。 ひとつになり、協力すれば、打ち勝つということを連想させる。 また、フロドが自分の口から task と言った事は彼の決意だろう。
 cage(鳥かご、檻) に閉じこもらず、hope(希望、期待) をもって闘い、dawn(夜明け、きざし) が来て勝利する。 これもfate(運命、めぐり合せ) なのだろう。

『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』 THE LORD OF THE RINGS:THE RETURN OF THE KING, 2003

 イライジャ・ウッド、リヴ・タイラー、ヴィゴ・モーテンセン、オーランド・ブルーム、ショーン・アスティン出演、ピーター・ジャクソン監督
 冥王サウロンが創った邪悪な指輪を捨てるため、滅びの山を目指すストーリーと平行してゴンドールの首都ミナス・ティリスを守るストーリーがある。
 物語を単に映像化した感じである。抑揚がなくストーリーが単純に進んでいる感じである。 映像はスケールが大きく、壮大である。敵の怪物を表現する技術はすごいものがある。気持ち悪さや汚さはよくわかるが、危機感や恐怖感はない。 人間対人間ではないから作品自体にそれほど感動がないのかもしれない。

『ローマの休日』 Roman Holiday, 1953

 グレゴリー・ペック、オードリー・ヘップバーン、エディ・アルバート出演、ウィリアム・ワイラー監督
 一介の新聞記者と王女が恋をする。身分が違う人間が偶然出会い、恋に落ちるという逆シンデレラ的要素が見る者に夢を与える感じがする。 のちに新聞記者は身分を知るのだが、周りには王女という身分を偽り、一般市民として振る舞い過ごしている。 自分は知っていて、他の人には秘密であり、自分だけしか知らないというささやかな 「特別」さがあるところが独占、優越を感じさせる要素を含んでいる。 一般市民が上の世界へ上がるのではなく、王女が一般市民の生活にとけこみ、 なおかつ、明るくほがらかに天真爛漫に行動するところがさらに見る者にすがすがしい印象を与えている。 本当の姿と仮の姿があり、本当の姿に戻るのだが、一瞬でも「変身」しているという行為も見る者を引き付ける。

『ロープ』 Rope, 1948

 ジェームズ・スチュアート、ファーリー・グレンジャー出演、アルフレッド・ヒッチコック監督
 ある理論によって、実際に人を殺したことにより、その追及をパーティに出席した人物により受けることになる。
 犯罪を犯す時に仲間は最大の敵になる。気の弱い人間がぼろを出す。罪責感が人を破滅に導く。後ろめたさや罪の意識が無ければ、この映画の結果にはならないだろう。 そういう意味では、全くの精神異常者の犯罪ではない。 作られたシナリオにより登場人物の言動が進んでいる感じがしてしまう。結果を導くために言動が行われている。 一種の優れた人間が、劣等な人間を殺す権利があるとは思えないが、主義主張としては理解できることである。 しかし、それを実際にに実行するかどうかはその人間の人格であろう。当然のこととして、基本的に人間が個人的にそれを判断し、人間を裁くことはできない。法律としてそれは認められていない。

『ローレライ』 , 2005

 役所広司、妻夫木聡、柳葉敏郎、香椎由宇、石黒賢、粟根まこと出演、樋口真嗣監督
 広島への原爆投下の後、次の原爆投下を阻止するために海軍の最終兵器を投入する。
 映像がとても惨めな気がする。役者が揃っていても映像が貧弱な感じがしてしまい質感が全く無い。戦争という切迫した感じが無い。 映像技術の弱さを痛感する映画である。軍としての左官、将校の言動が軽々しい感じがしてしまう。リアリティがほぼ無い。

『老人Z』 , 1991

 北久保 弘之映画
 アニメーション
 超高齢化社会での介護問題を扱う映画である。 人の手で行うことなく、完全自動化で入浴や食事ができ、体調の変化もモニタリングされていて即座に対応できるシステムを開発、モニターとして実際の老人を体験させる事になった。 開発途中であったシステムは予想に反する動作をする。そのことによって担当省庁の役人や開発に携わった技術者、それまで老人を介護をしていた学生たちを巻き込み、システム自体の意義と問題点、その裏に隠されていた真意を紐解いていく。 ストーリーの展開は、途中からどたばた喜劇にようになる。

『老人と海』 The Old Man and the Sea, 1958

 スペンサー・トレイシー、フェリペ・パゾス出演、ジョン・スタージェス監督
 ヘミングウェイの同名小説の映画化である。一人ぼっちで大魚を釣り上げる老人の闘いと心情を描く。
 外見上は格好がいいとは言えないが、男を感じさせる映画である。外見的に威圧するようでなく、また、 スマートでクールということでもなく、内面的に屈強な男を描いている。 苦しくても、辛くても、誰かに頼りたくても、現状を受け入れ、立ち向かう男の姿が現れている。 心情的には弱音を吐くこともあるが、決してあきらめない芯の強さがある。 しかしながら、決して完璧ではないところが人間的であり、共感できるところである。
 釣った後のサメに食いちぎられるシーンなどは、とても哀愁がある。疲労感と落胆がよくわかる。 また、サメに食われ頭と骨だけになった時と、釣り上げるために闘った時の精神状態は全く違い、その差の隔たりがとても寂しい感じにさせる。 決して事実だけが描かれているわけではなく、それぞれのシーンに感情が描かれている。

『ロザンナのために』 FOR ROSEANNA, 1997

 ジャン・レノ出演 アメリカ映画
 死というものを喜劇に見たてているのかもしれないが、視点が変である。 ゆがんでいるように見える。それほど妻の願いをかなえてあげたいのなら、 他者の死を妨げようとするよりも妻の死を願えば良いのではなかろうか。 なんだかとても滑稽に思えてくる。死というものを前提とする摂理を潔く認めればいい。 かなしい死にゆく過程を面白おかしくしようとしていてなんだか変な感じがする。 妻に対して屈折した愛情の感じを受ける。妻のことを愛している夫の愛情を示しているのだろうか。

『ロスト・イン・トランスレーション』 Lost in Translation, 2003

 ビル・マーレイ、スカーレット・ヨハンソン出演、ソフィア・コッポラ監督
 結婚とは何か。結婚してそれを維持することとは何か。相手との距離がうまくつかめず、寂しさを感じもし、うっとうしくも思う。 外国や異文化、そこにいる周りの人間にもなじむこともできず、疎外感をおぼえる。 街に出ることでいっそう孤独を感じ、立ち止まってしまう。 知らない街にいることで本当の自分が見える。 家族や友人もいない、常識もわからない、言葉も通じない、そういう環境にいることでいつもの自分が見えなくなる。 安定していた自分が不安定になる。保護されていない状況に置かれることで自分から芯が抜かれたようになってしまう。 その中で、同じように自分の不安定さに気づいている人に出会う。そこでその隙間を埋めるかのように、その隙間を理解し合うかのように相手を感じようとする。 スタックすることでこれからの自分の方向を見出そうとする。
 映像は好きである。

『ロスト・ワールド』 THE LOST WORLD, 1997

 前作の恐竜を使うという発想の域を超えるようなものとはやはりならなかったであろう。 インパクトはやはり比較すると劣る。しかし、前作よりはずっと動きに滑らかさがあり、色合いは豊かで自然である。 恐怖感はずっと勝っているが、あまり新鮮さは感じられない。
 人間が作った映画技術で人間が作り出した無謀な技術を描いている。 CGが作り出したこの仮想の映像によって人間の技術の進歩とそれに伴う人間の精神的な停滞を表している。 人間が作り出した技術を使い、それを映画という媒体を通じて表現してそれに伴う人間に進歩の遅さを表現している。 技術がなければこの映画自体は作れないし、またその仮想の技術によって映画の元を作り出している。 人間は技術を進歩させ、技術は人間を進歩させないことを示唆しているように思える。

『ロッキー』 ROCKY, 1976

 シルベスター・スタローン、タリア・シャイア主演
 "opportunity" がキーワードであろう。チャンスを与えられそれによって自分の人生を変えようとする。 その日暮らしをしていたボクサーに大きなチャンスが与えられる。 チャンスを栄光にするためにトレーニングを積んでいく。 作品中の登場人物の人物像は良くできている。それぞれの人間は個性的になっている。 エイドリアンの人物像が一番変化している。外見的にも変わっているが、内面的な部分もずいぶんと変わっているように感じる。 ロッキーと付き合い出してからエイドリアンはずいぶん自分の感情を外に出すようになっている。 兄と喧嘩するシーンはそれまでのエイドリアンとはずいぶん印象の違っている。 また、リングの上でロッキーと抱きあった時に発した言葉が一番象徴的であろう。 夢のようなチャンスを「現実」にするところは人生に対する希望を感じさせられる。

『ロッキー2』 ROCKY U, 1978

 シルベスター・スタローン、タリア・シャイン主演
 アメリカンドリームを再度つかむために戦う。 成功したが字を読むのが苦手なためにうまく収入を得ることができない。労働(labor)はやりたくなかったのだが、 学歴などからデスクワークをすることができない。ボクシングで有名になったがそれすらも続けることができない。 自分の右目を気にしながらも応援してくれるファンの力を借りながら再度栄光を勝ち取ろうとする。 街を子ども達を走るシーンはなんだか子ども達との一体感を感じ、子ども達と魂を通わせているような印象を持つ。 良いトレーナーにも恵まれ、家族や仲間とともに頂点に登ろうとする。

『ロッキー3』 ROCKY V, 1982

 シルベスター・スタローン、タリア・シャイン主演
 名声を手に入れて家族で優雅に暮らしていたのだが、再度本当の名声を手に入れるために立ち上がる。 いったんお金と名声を手に入れた人間の心の隙間とゆるみを克服して再び世界一の地位に上り詰める。 トレーナーと妻によって技術的にも精神的にも以前よりもタフになる。 その過程が描かれていて感情的によくわかる。音楽も効果的に雰囲気を盛り上げていてとても気持ちが良い。 ラストはあっさりとした勝利となっているが、それはそれで心地の良いものとなっている。 街のごろつきと変わらないポーリーと対照的になっているが、本質的には変わっていないロッキーが存在しているような感じがする。

『ロッキー4 炎の友情』 ROCKY W, 1985

 シルベスター・スタローン監督、脚本、出演
 年をとることへの失望と現役ではないことへの寂しさに耐えられないことから アポロは再びリングに立つ。しかし凄惨な結果となる。 ロッキーは普通の人間でもよしとし、年をとることは仕方がないと思う。 アポロとロッキーはこのあたりが違う。 また、ドラゴは機械で作り上げられたボクサーで、ロッキーは自然の中で作られたボクサーである。 結果から見れば、機械で作り上げられたボクサーは機械ではなく人間であった。 機械は機械を作ればいいが、機械は人間に優る人間は作れなかった。 成功物語で見ていて心地がよい。米ソの冷戦時代を感じさせるストーリーである。

『ロッキー5』 ROCKY X GO FOR IT!, 1990

 シルベスター・スタローン出演、脚本、ジョン・G・アビルドン監督
 ボクサーとトレーナー、お金と名誉、スポーツとビジネス、父親と息子などいろいろと対比がある。 ハートで戦うのではなく、お金で戦う。 現役を退く寂しさは、かつてアポロが見せたもののように、ロッキーにも襲ってくる。 トレーナーというサブな立場であるが、自分の人生をもう一度よみがえらせる。 自分が戦って勝っているような感覚となり、それに夢中になる。 教えればそれだけ育つ実感がたまらなく心地よいに違いない。 トレーナーにのめりこめばこむだけ、家族と接する時間が少なくなっていく。 息子との会話もなくなり、新人ボクサーにつきっきりである。 家族との関係を描きつつ、ボクサー人生の終焉を描く。

『ロビン・フッド』 Robin Hood, 1991

 パトリック・バーギン、ユマ・サーマン出演、ジョン・アーヴィン監督
 いろいろなロビンフッドが映画化されているので、それぞれの映画を見ることを勧めたい。 それぞれの映画で描いている主題が違っている。恋愛を中心とした映画や民族の問題からの映画など。 この作品はノルマンディとサクソンの民族対立を主に描いている。それから一部に恋愛を描いている。 それぞれの人物もそれぞれの映画によってずいぶんと解釈が違っている。そういうものも感じるのも良い。 髪の毛の色とか目の色などもそれぞれに映画によって違っている。映画による違いを考えてみるのも一つの映画の解釈のし方かもしれない。 自分にとってのロビンフッドを感じられるかもしれない。

『ロビンフッドの冒険』 The Adventures of Robin Hood, 1938

 エロール・フリン、オリヴィア・デ・ハヴィランド、イアン・ハンター、クロード・レインズ、ベイジル・ラスボーン出演、マイケル・カーティズ、ウィリアム・キーリー監督
 リチャード王がオーストリアで捉えられ、身代金を要求されたことで、王弟のジョンは重税を課す。 サクソンが迫害を受け、ノルマンを優遇するので、ロビンフッドが平等を求めて立ち上がる。 死に値するものしか殺さず、奪った財宝をみんなに分け与える。また、それらをリチャード王の身代金のために使おうとする。 リチャード王の被後見人であるマリアン姫にも助けられ、最後には、リチャード王と共に王弟のジョンを国外追放とする。
 善と悪がはっきりと別れていて、悪を一掃しようとする。マリアン姫との恋仲も描かれ、その進行と共に悪を倒す。非常にわかりやすいストーリーである。

『ロミオ&ジュリエット』 Shakespeare'sRomeo & Juliet, 1996

 レオナルド・ディカプリオ、クレア・デインズ出演、バズ・ラーマン監督
 シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を読んだ事のある人は「何?これ」と思うに違いない。 結構馬鹿らしい。全く喜劇だ。あのへんてこな時代に教会がある事も滑稽だ。 神父が背中に十字架の刺青をしているのも、なんだか冒涜?かなと思えたりする。
 ばあやだけは、あの陽気さと間抜けなところは同じであると思う。それ以外は、シェイクスピアの作品を思い出してしまい、見るに耐えなかった。 ばかばかしくなってしまった作品。
 「言葉の真実味」を作品の雰囲気がすべてぶち壊している。何のためのシェイクスピアの言葉かなと疑問に思う。 言葉を大切にする人間が、あんな行動を取るとは思えないのだが・・・。

『ロリータ願望』 MAGENTA, 1996

 ジュリアン・マクマホン、クリスタル・ディラン・アトキンス、マークレン・ケネディ、フィールズ・カンパニー出演、グレゴリー・C・ヘインズ監督
 妻の妹と情事を重ねる。
 結果的に17歳の義理の妹と男女の関係を結ぶが、とロリータとは違う。男は若さゆえの無垢な感じに魅力を感じたのだろう。 また、父親への心的な複合的な感情を持っている。結局は性描写を中心に筋ができていったような感じである。


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