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映画の感想

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『星願 〜あなたにもういちど〜』 FLY ME TO POLARIS/星願, 1999

 リッチー・レン、セシリア・チャン、ウィリアム・ソー、エリック・ツァン出演、ジングル・マ監督
 香港映画
 病院で住み込みで働く盲目で言葉を発することができない青年の看護婦への恋を描く。 
 交通事故で死んだことをきっかけに本人(オニオン)、看護婦、医者の三者の思いが複雑に交錯する。 オニオンは看護婦のことを想い、看護婦もオニオンのことを想う、しかしその思いを生前には伝えられない。 医者は看護婦に想いを寄せるが看護婦には気がないことを感じている。 オニオンが死んだことでそれぞれの関係の均衡が崩れる。オニオンは看護婦へ想いを伝えることが永遠にできず、看護婦も悲しみに浸るだけである。 医者は看護婦を励まそうとするがその関係もそれほど進展しない。 5日間だけ、別人として生き返られることを許され、病院へ戻る。オニオンの看護婦を思いやる気持ちがとても伝わってくる。時間がないから自分が戻ってきていることを伝えようと必死だが、その必死さがさらに看護婦の気持ちを傷つける結果となることを恐れる。 5日間しか戻ってこられないということで、その後がもっとつらい時間になることを心配する。 また、看護婦がオニオンのことを気づかないこともあり、彼は遠くから見守ることしかできずにいる。

『聖杯伝説』 Everyone Says I Love You, 1978

 ファブリス・ルキーニ、アンドレ・デュソリエ、マルク・エイロー、アリエル・ドンバール出演、エリック・ロメール監督
 フランス・イタリア・西ドイツ合作
 「聖杯伝説」自体を知らないと、何だこの映画は?と思ってしまう。
イエスは、弟子たちと最後の晩餐をとったとき、「みな、この杯から飲みなさい。 これは罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」と言って、杯に赤ワインを注いで彼らにわたした(『マタイによる福音書』26:28)。 イエスがゴルゴダの丘で十字架に架けられて処刑されるとき、そばにいたヨセフは、最後の晩餐でワインを飲んだ杯に、 イエスの体からほとばしり出た血を受け止めた。 イエスが十字架にかけられて死んだ後、ヨセフが、その杯をイングランドに運び、グラストンベリーの聖所に祀ったが、 やがて、この杯はそこから姿を消してしまったと言う。これを聖杯伝説という。
 パーシヴァルは完璧な愚者、清らかな愚者と呼ばれている。 母親に父や兄達の二の舞にさせまいということから物事から遠ざけられていた。 パーシヴァルの愚かさは、敵意のなさ、お人よしなまでの純粋さ・善意の象徴である。 これは成熟・開花すると、真の愛智に変わり、触れるものすべてを清め、敵意・害意・嫉妬心・闘争心を消滅させる不思議な光を放つようになる。
 傷の癒えることのない漁夫王の城に泊まることになったパーシヴァルは、 その夜、聖杯を見るが、以前言われた忠告を守り「聖杯とは何か」という質問をしなかったために翌朝になるとすべてが消えてなくなってしまうという不思議な現象に遭う。 パーシヴァルは、聖杯の騎士と呼ばれ、聖杯伝説において、東方の秘儀を伝えるきわめて重要な存在とされる。

『西部戦線異状なし』 All Quiet On The Western Front, 1930

 ルイス・エイヤース、ルイス・ウォルハイム、ジョン・レイ、レイモンド・グリフィス、スリム・サマーヴィル出演、ルイス・マイルストーン監督
 第一次世界大戦で志願して戦争へ行ったドイツの若者たちを通じて戦争の惨状と意義の無さ、命のはかなさをあらわしている。
 教室で名誉や栄光、祖国のために命を賭けることが誇り高いように教え込まれ、戦地へ赴くが、そこでは会ったこともなく、まったく知らない人間と戦うことになる。 前線に行き、生と死の選択肢しかないところで、戦争は何なのか、どうして戦争が起こるのかを考える。 答えが出ることも無く、戦争は戦争であり、栄誉や祖国のために命を落とすことの気高さが、勘違いであったことに気がつく。 戦争とは無縁のところで生活している人たちと、戦争によって身体の一部を失い、健やかな心も失った兵士たちが同じ国の人間とは思えなく感じてしまう。 最後のハーモニカのメロディが流れている時に、一発の銃声が聞こえ、蝶を捕まえようとしていた手が止まってしまうところはとても悲しく戦争のむなしさを感じる。

『世界中がアイ・ラブ・ユー』 Everyone Says I Love You, 1996

 アラン・アルダ、ウディ・アレン、ドリュー・バリモア、ルーカス・ハース、ゴールディ・ホーン、ジュリア・ロバーツ出演、ウディ・アレン監督
 内容を皮肉と理解するなら良い映画である。
 短絡的で、表面的で、楽観的で、一貫性のない、思慮深さもない、感覚的な恋愛関係を描いている。 善意と寛容を偽善という袋で包んでいるような言葉が走っている。 その時その時を感覚的に生きている様を表現している。作り上げた人物像で恋愛をしようとするところが ここで描かれている恋愛の薄っぺらい、一過性の感覚の象徴のようである。

『世界の中心で、愛をさけぶ』 , 2004

 大沢たかお、柴咲コウ、長澤まさみ、森山未來、山崎努出演、行定勲監督
 日本映画
 台風29号が近づいてくる日に、高校時代に好きだった女の子のことを思い出す。彼女とは悲しい別れとなり、そのことを今でも引きずっている。 しかし、婚約者との結婚も近づいている。婚約者が見つけたある過去のテープを聴くことにより、男は過去をたどり、婚約者と共に未来に向かう道をたどることとなる。
 ストーリーとして律子が存在しないほうがよかった感じもするが、今後に向けての前向きな人生を暗示するためには必要な存在だったかもしれない。 しかし、感傷に浸る朔太郎を描くのであれば、やはり律子の存在は、亜紀への想いの妨げになることは確かであろう。 亜紀への想いを薄めてしまう人物だと感じる。 亜紀への想いや、過去の思い出の記憶の中では律子が存在することはやはりしっくり来ない部分がある。亜紀を忘れられないのならなおさらである。 過去と未来の対峙があるにせよ、亜紀への想いに感情移入するためには亜紀のみのほうが良かったかもしれない。 死ぬ直前に撮った写真、やり取りのテープ、壊れたカメラに残っていたネガを現像した時の写真、遺灰と記憶のみで構成されたほうがストレートだったかもしれない。
 人の死に直面したこと、純粋に恋愛したことは誰しも一度はあるだろう。この映画はそういう部分に共感できるのだと思う。 律子が存在し、未来に向ける部分があるから、人の人生として救われる部分もあるのかもしれない。

『セシルの歓び』 A Coeur Joie, 1967

 ブリジット・バルドー、ローラン・テルジェフ出演、セルジュ・ブールギニョン監督
 フランス映画
 恋人との関係がマンネリ化していて刺激を欲している時に、仕事先で不思議な青年と出会う。最初は敬遠するが、だんだんと距離が近づく。
 フランス映画は、特別なシチュエーションを作らないと映画が成り立たないのかなと思う。 恋愛にしても、もっと日常の些細なことを表現するようなストーリーのほうが良い。 恋人とは、受動的な愛情で自ら行動して盛り上げようとしないのに、恋人以外とは積極的な行動で刺激を得ようとする。 女性の恋愛感は破壊的な要素を含んでいるように思える。安定を壊して行き結局それを受容してくれる存在に落ち着くような感じである。 しかし、また同じことを繰り返す。

『セックスと嘘とビデオテープ』 Sex Lies and Videotape, 1989

 ジェームズ・スペイダー、アンディ・マクドウェル、ピーター・ギャラガー、ローラ・サン・ジャコモ出演、スティーヴン・ソダーバーグ
 社会の中でそれほど開放的な話題ではない、通常は隠されている問題を描く。 男性だけではなく、女性としての性障害も描かれている。 性交時、器質的ではなく心因的に勃起できない。夫婦生活では不満があるわけではないがそれほど満足を得ているわけでもない。 予期不安、恐怖、嫌悪、劣等感、過緊張、精神的未熟、初交による失敗、過労などが通常原因となる。 また、己の内的葛藤や不安を抑圧し、性障害で苦しみながらも、一方ではその症状を存続させることによって心的バランスを保っている。 ほとんど知らない女性に性的体験を語ってもらい、それをビデオテープに録画する。 そのビデオを見ることで満足感を得る。 カウンセリングを受け、不可抗力に対する不安を述べる。
人前で体験を告白したり、昔の実情を知ることで原因が取り除かれる。 予期不安や過緊張を和らげてくれる女性に出会い、心因性の性障害を克服する。 また、同様の悩みを共有し柔らかい関係を築く。

『セックス・トライアングル』 The Deadly triangle, 1975

 ヴィセンテ・パラ、エリカ・ブラン、ファン・ルイス・ガリアルド出演、J・R・マーチェント監督
 旧西ドイツ、スペイン映画
 遺産受け継いだ女と結婚した男とその仲間が金をめぐって姦計、殺人を犯す。
狭い範囲で殺人事件を起こす。基本的には無差別殺人でなければ身内などの極狭い範囲が通常であろうが、とても少人数で殺人を犯す。 基本的には金とセックスがからんで、そこに憎悪が含まれてストーリーが展開する。 人間とは結構複雑でありながらも、単調的な思考をするものだと思う。金と色欲により、裕福になろうとしたが、身を破滅に導くという簡単な構図である。

『セブン』 SE7EN, 1995

 ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン、グウィネス・パルトロウ出演、デビッド・フィンチャー監督
 この映画は「七つの大罪」(The deadly sins)をテーマの一つとして、その七つの大罪に添った形で 殺人が起こる。普段、日常の生活において、私たちが気付いていない悪(罪)を罰するという一人の 男が次々と人を殺して行く。しかし、最後に「嫉妬」の罪で1人殺した男が「怒り」の罪で殺され、そして、 もう一人の男も殺人の罪で裁判にかけられることは、必至である。
 一人の若い刑事ともう一人の定年間際の刑事の対比も描かれている。若い方は若さゆえの武器があり、 年を取った方は、それだけの経験と機知がある。それから、罪を犯す側と罪を防ぐ側の人間が対照的である。 しかし、最後の場面で両方の側の人間(一応、善と悪)が一つになる(罪を犯す側の人間になる)ところは、普段見逃されている「七つの大罪」を 嫌でも思い出させられてしまう。

「地獄より光明へいづるには長く険しい道がある。」
Long is the way and hard, that out of Hell leads up light;
ミルトン Milton の『失楽園』Paradise Lost, 1667 のbook Uより
 この言葉もとても効果的に引用されている。 チョーサーの『カンタベリー物語』The Canterbury tales, 1387-1400、モームの『人間の絆』Of human Bondage, 1915 などの文学作品も話の流れの進行上 紹介されている。

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』 Seven Years in Tibet, 1996

 ブラッド・ピット、デイヴィッド・シューリス、B・D・ウォン、ダニー・デンゾンパ出演、ジャン・ジャック・アノー監督
 自然、風景、街、曼荼羅などがとてもきれいな映像で描かれていた。しかし、彼の心情の変化があまり感じられなかった。 いろいろな出来事に遭遇し、いろいろな人々との親交があり、文化や宗教や国家、政治などが異なる環境にいたのにもかかわらず、人間的な内側の描写が弱いように感じた。 いろいろな要素がたくさん盛り込まれていることが逆に全ての部分を弱く薄くさせているように思う。 多くの出来事が、全体的にさらっと過ぎ去ったという印象である。 登場人物がいるその場の「間」とか「空気」とか「雰囲気」などがもっと感じられるような描写であればもっと重みのある映像になるだろう。

『セルピコ』 Courage under fire, 1973

 アル・パチーノ、ジョン・ランドルフ、ジャック・キホー、 ビフ・マクガイア出演、シドニー・ルメット監督
 警察学校の教えに従い、市民の味方となる警察官になろうとするが、それを邪魔すのは犯罪者ではなく、身内の警察官であった。 同僚の警察官は、犯人逮捕に非協力的であったり、逮捕しても手柄を横取りされたり、処分を恐れて捏造したり、賄賂まみれで職務を果たそうとしなかったりした。警察官の汚職の実態を上層部へ告げるが、上層部は対面を気にして動こうとはしない。 わずかの味方を頼りにするが、自分の保身のためにそれほど積極的に動くことはなかった。 味方とともにニューヨークタイムズ紙にリークをするが、抜本的に警察組織が変わる事はなく、危険な地域に転属させられてしまう。 そこで、仲間の手助け間なく、銃弾を浴びてしまう。
 りんごがたくさん入った箱にひとつでも腐ったりんごがあれば、みんな腐っていくが、腐ったりんごばかりの箱にひとつだけまともなりんごが入っても犠牲になるばかりであるようなたとえの映画である。 誰かが犠牲にならなければ変化しない組織体は、自浄作用は全くなく、一時的な変化をしようともまた元に戻ってしまうような気がする。

『セレブの種』 SHE HATE ME, 2004

 アンソニー・マッキー、ケリー・ワシントン、エレン・バーキン、モニカ・ベルッチ出演、スパイク・リー監督
 内部告発で失職した話とお金のためにレズビアンに自然受精にて精子を提供する話である。
 それほど重たい話ではない。正義のために内部告発をし、お金のために倫理的に問題の残る行為をする。 会社ではエイズの特効薬の開発には失敗したが、たくさんのレズビアンを妊娠させて命を生み出したという点では種の保存に貢献したように思う。 エイズの問題、会社のコンプライアンスの問題、レズビアンの問題、人種問題などいろいろな要素が含まれているが、 自分にとっては余り印象深くない映画である。

『戦火の勇気』 Courage under fire, 1996

 デンゼル・ワシントン、メグ・ライアン出演、エドワード・ズウィック監督
 いろいろな人の視点、意思。生き残った人間と死んでしまった人間の世界。 一人の人間に関して、いろいろな立場の人間がその人の人物像を作り上げていく。 生き残った人間達が死んだ人間の「人間性」を作っていく。 「人」という人間の「良心」がいろいろな感情の流れを作り出す。 「良心」によって葛藤に苛まれる。今、生きている人間、これから生きていく人間ともう死んでしまった人間 が対立する。 ロボットではない「心」をもった人間による良心の呵責に悩まされる。 戦争という無秩序な世界と戦争のない平和な秩序ある世界での「同じ人間」の行動と感情。 十数年でその状況が変わるのではなくて、一瞬で世界が変わってしまう。 人はそんなに器用ではない。それほど適応能力が高いわけではない。 だから混乱する。 人間のいろいろな人間像を感じさせられる。

『戦国自衛隊 1549』 , 2005

 江口洋介、鈴木京香、鹿賀丈史、北村一輝、綾瀬はるか出演、手塚昌明監督
 2年前に時空の穴に入り込み戦国時代へ行った自衛隊の中隊を現代へ連れ戻すために再度戦国時代へ隊を送り込む。
 時代考証や設定などはともかく、日本映画としては兵器や武器弾薬を使用し、かなり大掛かりな映画となっている。 内容にもう少し専門的な要素や用語があったほうが見ごたえがある。

『戦場にかける橋』 The Bridge on the River Kwai, 1957

 ウィリアム・ホールデン、アレック・ギネス、ジャック・ホーキンス、早川雪洲出演、デイヴィッド・リーン監督
 最後のシーンで、はかなさ、虚無感、焦燥感が漂う。 これは、軍医が放った"madness" という言葉が如実にその状態を表しているように思う。
 日本軍斎藤大佐の主君に対する絶対的忠節を重視し、犠牲・礼儀・質素・倹約・尚武などが求められた武士道と捕虜のニコルソン大佐のprinciple (主義 道義)が対決する。 斎藤は捕虜の士官にも労働を課そうとするが、ニコルソンはジュネーブ協定違反だと反発して労働を拒否する。 しかし、橋の完成期限が迫り、やむを得ず斎藤は大赦を与え、二人とも橋を完成させるという目標で一致する。斎藤は屈辱の辛酸に耐えながらも、橋の完成を優先させる。
"This is war."
と斎藤が言った言葉が示すように、敵、見方の区別無く、それぞれの「誇り」を打ち砕く結果となる。 それぞれの当事者の立場と意思にとっては、そこに脱力させるむなしさ、無念さだけが残る。

『戦場のピアニスト』 The Pianist, 2002

 エイドリアン・ブロディ、トーマス・クレッチマン出演、ロマン・ポランスキー監督
 ユダヤ人のピアニストが戦争と人種差別に翻弄される。 ドキュメンタリーとしてはとてもショッキングだが、作成されたれた年代からはそれほど斬新なものではない。 ピアノを弾けないという禁欲的な部分をもっと表現しても良いような気がする。 ピアニストの意思とか感情の部分がもっとわかるような映画だともっと感情移入できるように思う。 ナチスの統治下の理不尽な生活環境の抑圧は理解することはできる。 戦争という理性の喪失はとてもよく分かる。 全体的に、あまりに上品に凄惨さが描かれた映画のような印象がある。

『戦場よさらば』 A Farewell to Arms, 1932

 ヘレン・ヘイズ、ゲイリー・クーパー出演、フランク・ボーゼージ監督
  アーネスト・ヘミングウェイの小説の映画化
 『武器よさらば』は読んだことがあるが、なかなか良い小説である。小説は想像をするが、映画は映像を楽しむ。 しかし、戦争ということにはほとんど焦点を当てていなく、凄惨さは除かれていて、描かれていない。 この映画は設定が戦時下であったということである。 戦争という状況により出会ったということもあり、または戦争が無くても結果的に同じだったかもしれないが、 男と女が出会って、それぞれのお互いのために何かをするという行為はとてもいいものだと思う。 とても懐かしい感じがするが、本当に大切な気持ちであると思う。

『千と千尋の神隠し』 , 2001

 宮崎 駿監督
 アニメーション
 神隠しが実際に起こったのかどうかは別として、内容自体は、各個人の中に潜在する欲望であったり、 堕落した部分であったりして、それらの日常的な罪悪を 具現化させてそれぞれの人物として登場させたような印象が残る。 物語のきっかけとなったことは、父親はお金で物事を解決できると思っていて、 誰の所有物かを考えずに、店の物を勝手に食べる。 母親は子供の恐怖心を汲み取らず、また、父親にそのまま同調して行動する。 また、世話になったことへの無関心さ、感謝の念の欠如、挨拶などの人間的なコミュニケーションの喪失、 個々の人格を至上のものとして個人の良心と自由による思想・行為を重視し、そこに義務と責任の発現を考える個人主義と、 自分の利益、幸福、快楽にとらわれ、 そのためには他人の迷惑をもかえりみない利己主義が混同され、 混在している現代社会が垣間見られる。

『千年女優』 , 2002

 今 敏監督
 アニメーション
残像、影、夢、
大切なこと、追い求め続けること、忘れないこと、
自分の中にしかないもの、自分の中でしか存在しないもの、
自分にとってのみ大切なこと、自分にしかわからないもの、
鍵という象徴、鍵の中にある思い、鍵にこめられたもの、鍵を開けること、
象徴によって行動すること、走り続けること、立ち止まってもまた走り出すこと、
思い出すこと、忘れていたものをとりもどすこと、記憶をのこしておくこと、
自分の中の気持ちを保ち続けること、自分の中の想いを風化させないこと、
当時の自分を大切にとっておくこと、当時の自分の気持ちをほころばせないこと
はかない、切ない、「純真」な気持ちを。

『戦慄の航海』 TEMPTATION, 1988

 多少疑問に残る部分はあるが、全体的に恐怖感は出ている。 犯行に及ぶ動機は短絡的だがそれほど気にならない。 爆弾のタイマーを使って死のカウントダウンをするのだから、 もう少し切羽詰った感じを強調したほうが効果が大きいような気がする。 この映画に出てくる女性達はあまり魅力的なキャラクターになっていないのはなんだか寂しいような気がする。 船上から島に移ってからの行動はあまりよくわからない。 犯人を追い詰めることは裁判で可能ではなかったのだろうか。 犯人の妻も生きているのだから、犯人のところへ行く必要は無かったのではないかと思う。

『草原の輝き』 SPLENDOR IN THE GRASS, 1961

 エリア・カザン監督
 痛みを感じる。人の心の痛みがひしひしと伝わってくる。心の軋みと悲鳴がこだまする。 理想と現実、きれいな世界を夢見て生活しようとする。汚れのない人間観を持つ。 きれいな社会、きれいな人間関係、そこでの自分の位置。「一瞬の美」が永遠に続くと思う。 太陽の光のもとにずっといられると錯覚してしまう。 それとは全く正反対の世界が隣り合わせにある。汚れた影の世界が潜んでいる。 誰でも簡単に足を踏み入れることができる世界である。簡単に落ちていくことができる世界である。 いつでも抜け出せるかのように思われるが、一度入り込むと抜け出すことはできない。 光のない影の世界に染まるとその黒ずみは拭い去ることはできない。 一瞬の美から一転して「影」が染み付く。 自尊心を保って生きていくことは容易ではない。 気高さとともに自尊心を貫いて生きていくことの難しさと若さが含んでいる「酷さ」が伝わってくる。

『捜索者』 THE SEARCHERS, 1956

 ジョン・ウェイン、ジェフリー・ハンター出演、ジョン・フォード監督
 屈辱を受けて生き残るということより、生きていくというための尊厳を重んじ、探しだせたら殺すことを依頼されるし、自らも殺そうとする。しかし、見つけ出し、昔のように抱き上げたときには、その気持ちは消え失せてしまう。不確かなものではあるが、血というなにか不思議なつながりを感じるのであろう。最後のシーンが見所である。
 大尉とか軍曹などの階級がないところがまた彼の本当の実力を感じさせるし、それが魅力なのだろう。 大尉の凡人さと中尉の無能さが彼の特別さを引き出している。

『卒業』 THE GRADUATE, 1967

 ダスティン・ホフマン、キャサリン・ロス、アン・バンクロフト主演、マイク・ニコルズ監督
 知り合いの人妻と関係を持つ。最初の誘惑には断わることができるが、自分から肉体関係を持とうとする。 ホテルを取るシーンははじめて女性と肉体関係を持つ男性のあせる気持ちがあらわれている。 そのシーンは男性の心情を詳しく描いたほうがもっと良いように感じる。 男性側からの視点と、女性経験を持っていない男性を相手にするときの女性側の視点にわけて表現してほしかった。 男性の初めて女性経験を持った時から性交自体に慣れて来た時への感情の変遷を追うことができる。 結局は安易に性に対する欲望に呑まれた青年が自分の好きな女性と反対されながらも結ばれるという話である。 パーティにいた時の大学を卒業する青年は、社会性のない純粋さを持っていた。しかし、人妻に誘惑されて堕落していく。 セックス自体になれてしまうと、愛情がない男女関係は長くは続くかない。そこに自分が本当に愛する女性とめぐり合い、 ある理由で反対されるがその女性を奪うことに成功する。この映画は、 もっと、男性の心理を追えるストーリーにすると良いと思う。また、本当に好きになる女性との恋愛を詳しく描かないと、 最後のシーンの重みが感じられない。

『ソドムとゴモラ』 SODOMA E GOMORRA, 1961

 スチュワート・グレンジャー、アヌーク・エーメ、ピア・アンジェリ出演、ロバート・アルドリッチ、セルジオ・レオーネ監督
 旧約聖書にある堕落して神の怒りにふれて滅ぼされた町、ソドムとゴモラを描く。 ロト率いるヘブライ人はヨルダン川のほとりで土地を買い取る契約をし、信仰を守り、自分たちの生活を築こうとして汗を流して働くが、  堕落していることに気づかず、信仰を守っていると勘違いしているが、自分が信仰を忘れていることに気づく。 罰を下すのは神であり自分ではないと思い出したロトはヘブライ人を導きソドムの町を出る。
 厳しく生活しているとこから豊かな楽できらびやかな生活を経験すると、以前の厳しい生活へとは戻りなくないと思う。 これは至極当然であるが、そういうことへ堕落していること自体へ気づかない人間の性質を端的に描いていると思う。

『ソフィーの選択』 Sophie's Choice, 1982

 メリル・ストリープ主演
 ネイサンもソフィーも、それぞれ分裂病、アウシュビッツに収監された過去を持ち、 それぞれが個人的な地獄を抱えている。まともな人間とのつながりを持ちつつも それは現実の接点に過ぎなかった。彼、彼女にとっては正常な人間と付き合うことは現実にとどめてくれる手段でしかなかったのかもしれない。 自分たちの均衡を保つことができなくなると、現実の世界にとどまるよりも自分たちの精神世界の満足の方を望んでしまった。 他者とは決して共有できない自分たちにとっての地獄を抱え、まともな他者とのつながりで現実世界とやっとのことでつながっている。 過去にいったん自分たちが損なわれてしまうと、自分たちを現実の世界に適応させることがとても困難になる。 戦争による弊害、天才ゆえの歪み、他者には到底理解できない複雑な込み入った精神世界とその人生を 結末を痛ましく感じることができる映画である。

『ソラリス』 SOLARIS, 2002

 ジョージ・クルーニー、ナターシャ・マケルホーン、ジェレミー・デイヴィス、ヴィオラ・デイヴィス、ウルリッヒ・トゥクール出演、スティーヴン・ソダーバーグ監督
 惑星「ソラリス」の探査を行っていた宇宙ステーションからの交信が途絶える。 親友に助けを求められた心理学者が宇宙ステーションへと行くが、そこで奇怪な出来事に遭遇する。
 すべては「脳」の中で起こっている出来事であるように思う。幻覚を見るのも脳の作用であろうし、記憶の中の人物が出現することも夢を見ているように脳の中で起こっていることであろう。 脳の中で起こっていることを現実であるかのごとく「感じ」、そのように「捉える」。 何らかの影響により、幻覚、幻聴を招き、幻覚、幻聴が過去の事実や現実とかかわっているので、混乱に拍車をかけていくのであろう。 そういうことの連鎖が次々と起こっている感じである。 深く考えると混乱しそうな映画である。

『続・激突!カージャック』 The Sugarland Express, 1973

 ゴールディ・ホーン、ベン・ジョンソン、ウィリアム・アザートン、マイケル・サックス出演、スティーヴン・スピルバーグ監督
 実話に基づく話としてはそれほどリアリティを感じない。知らないうちに養子に出された息子を取り戻すために、夫を脱獄させ、警官を人質にパトカーで養子に出された家に向かう。 結末としては、むなしさとはかなさを感じるが、それほど深刻な感じを与えるものではない。 むしろ楽天的な思考の元で行動し、なるべくしてなったように感じる。夫婦の心情や、人質となった警察官との交流などがもう少し描かれていてもよいのではないかと思う。


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