-映画の感想-

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映画の感想

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『大砂塵』 Johnny Guitar, 1954

 ジョーン・クロフォード、スターリング・ヘイドン、マーセデス・マッケンブリッジ出演、ニコラス・レイ監督
 "boy" だから。男らしさも誇りもない。ただ、平常では威勢がいいだけである。物事を起こしたその結果に覚悟ができていない。 男に対する女たちのプライドや面子がある。ある女にはアンビバランス ambivalence 両面性がある。 どちらに転んでも良い結果はでないのだが、それでも決着をつけようとする。 その時代に対して能力のあるものだけが生き残る。後は能力、力のあるものに従うことで生き残る。 いつの時代でも凡人は生きにくいものである。また、法律によって律するという現代は平民にとってはとてもよい制度であると感じる。

『大脱走』 THE GREAT ESCAPE, 1963

 スティーブ・マックィ-ン、ジェームズ・ガーナー、リチャード・アッテンボロー、ジェームズ・コバーン出演、ジョン・スタージェス監督
 捕虜収容所から脱走を企て、見事脱走に成功するが、逃げ延びた者と銃殺された者、再度捕まった者たちがいる。 テンポのよい感じ、前向きな姿勢でストーリーは進むが、映画中には一部、戦争の切実な問題も含まれている。 戦争中の一部分であり、その一部分を明るいタッチで描いている。

『大統領の陰謀』 All the President's Men, 1976

 ダスティン・ホフマン、ロバート・レッドフォード出演、アラン・J・パクラ監督
 ウォーターゲート事件を追及するワシントンポスト紙の二人の記者を描く。 真相を追うにつれて、芋づる式に多くの要人などが浮かんで来る。 多くの関係者にインタビューをするが、多くの関係者は口を閉ざして語ろうとしない。 資金の流れを追うようにと助言を受け、断片的な情報から別の断片の情報を手に入れ、点が線へとつながっていく。 線になりかけたときに、多くの圧力によって消されかけるが、圧力に屈することなく真実を追究する。

『ダイナソー』  DINOSAUR , 2000

 アニメーション
 恐竜の卵が動物や川の流れなどにより別の地に運ばれ、サルによって育てられた。その後、多数の隕石が降ったことにより森は焼かれ大地は荒れ果ててしまう。 同じように難を逃れた別な恐竜たちとともに楽園へを求め大移動する。
 テーマとしては別のアニメーションと同じような感じで、みんなで力をあわせて協力することや助け合うこと弱い者をいたわることである。 また、強い者にきちんと自分の意見を伝えることもある。テーマが似通っていることもありあまり特徴のない印象を受ける。
 映像としては、サルたちが弦を登る動きはなかなか滑らかである。

『第七天国』 7th Heaven, 1927

 ジャネット・ゲイナー、チャールズ・ファーレル、アルバート・グラン、マリー・モスキニ、デイヴィッド・バトラー出演、フランク・ボーゼージ監督
 ディアーヌの表情、目の動き、手の動き、しぐさは彼女の心中をよく表現している。 それぞれの心情の変化は、二人が出会うまで、警察が来るまでの二人の生活、警察が来て以降の二人の生活、出征以降の生活に分けられる。 姉に鞭でぶたれる日々の惨めな心情、姉から逃れられた安堵の心情、 希望がみえそうな安らかな心情、愛する人を想って健気に戦っている心情。 日のあたる生活を求めて上を見ている心情、体験したことの無い生活を楽しんでいる心情、愛している気持ちを表現しようとしている心情、愛する人を想っている心情。 出征前の二人の言動にはとても共感できる。離れたくないが、離れ離れにならなくてはならない。その一緒にいられるわずかな時間の切なさはとてもよく分かる。
"Never look down, always look up."
ということばが二人を幸せにした原動力であろう。
 七階の天国っていうのも楽観的で良い。

『第七のヴェール』 THE SEVENTH VEIL, 1945

 ジェームズ・メイソン、アン・トッド、ハーバート・ロム出演、コンプトン・ベネット監督
 自殺する為に川へ飛び込んだ若い女性の心の奥底に隠されているものを精神科医が治療する話である。
 ハラハラドキドキするということはないが、精神的な部分でだれのどのことが引っかかっているのかを解き明かしていくところが見ごたえだろう。 とても素直なストーリー展開である。このころの女優は本当に美形だね。

『大福星』 福星高照 MY LUCKY STARS, 1985

 ジャッキー・チェン、ユン・ピョウ、リチャード・ウン出演、サモ・ハン・キンポー監督
 日本に対して多少アナクロニズムなような感じがする。 ずいぶん昔の日本が描かれているような印象がある。 おかしな6人組みがユーモアのある滑稽な行動を起こす。 誰かを不愉快にして笑いを得るのではなく、みんなが楽しくなるようなくだらなさがとてもいい。 変な男たちの間にアイドルの女性を1人入れることによって人間関係が引き締まる。 1人のアイドルを入れることによって焦点がその方向に向くのでその軸を中心に見ることができる。 分かりやすい人間関係の構図となっている。 全体的に内容はあまり無いような感じがする。警察官ということによるヒーロー的な要素は無い。

『ダコタ荒原』 DAKOTA, 1945

 ジョン・ウェイン、ベラ・ラルストン出演、ジョセフ・ケイン監督
 鉄道が開通するのを見込み、土地を無理やり買い占めようとする者たちと、ある夫婦とその仲間が立ち向かうストーリーである。
このころの映画は、正義が勝つという構図が当たり前のようにあり、とてもすっきりと見られる。 しかし、お調子者というかギャンブルや酒の類を好む者にはきちんとしっぺ返しなどがある。 女性が気丈に振舞う姿もあり、とてもよい時代がある。

『脱走機関車』 ,1976

 ジークハート・ラップ、カーク・モーリス、サージ・スプレット出演、マリオ・シシリアーノ監督
 イタリア映画
内戦下のコンゴで、何のために戦うのか、というテーマがある。 金のために傭兵として戦うのか、平和のために志願して戦うのか、民族のために戦うのか。 民族紛争や、宗教戦争は外部からの圧力には決して屈しないことがわかる。 小さな単位で自分たちの主義を通そうとし、一筋縄ではいかない。圧倒的な武力で根絶やしにするのならともかく、地上戦などを展開して制圧するということは かなり難しいことであろう。 民族や宗教においての内戦は収拾がつかなくなる恐れが多分にある。

『WX3 機動警察パトレイバー』 , 2002

 高山文彦監督
 汎用人間型作業機械:レイバー(ロボット)が動くというのを楽しむ映画ではなく、増殖するがん細胞を利用して人工培養した生物の特定、殺すまでを描く。
 アクションとかとぼけた会話はあまりなく、さびしく、冷たい感じのある女性と刑事との関係、刑事のはかない思いがある。別の形の生物を作り出せなかったのかとは思う。

『007 ゴールドフィンガー』 007 GOLDFINGER, 1964

 ショーン・コネリー主演 イギリス映画
 いろいろと仕掛けがある車を早々とスクラップにしてどうなるのかと思ったが作戦を成功させる。 特殊な武器を使って成功させるというよりは、人間関係を使って巧みにことを導く。 爆破させたり、撃ち合いをしたりするよりはそれぞれの状況をのらりくらりと潜り抜けたという印象がある。 決して体力的に強いわけではないが頭と危機回避能力とでじわじわと事を進めていく。 どうやったとしても女性が絡んでくるところはこの映画らしい感じがする。 いろいろは仕掛けより、壊れないような車を作ったほうがいいかもしれない。

『007 サンダーボール作戦』 THUNDERBALL, 1965

 ショーン・コネリー主演 イギリス映画
 小道具があまり使われていないように感じた。さすがに派手な機械や道具は登場する。 水中戦が多かったせいもあり、なんだかスピードが感じられなかった。 機敏さが無く、もどかしい鈍い動きだけが感じられた。必ず、確実に女性が絡んできて、女性抜きでは話が展開しない。 女性が重要なポストに絡んでこない話の展開にはならないものだろうか。 もっと、ストイックな面も見せて欲しいものだ。

『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』 007 Tomorrow Never Dies, 1997

 ピアース・ブロスナン、ジョナサン・プライス、ミシェル・ヨー、テリー・ハッチャー出演、ロジャー・スポティスウッド監督
 アメリカ=イギリス映画
 いつものように小道具が活躍する。乗用車もいとも簡単にタッチパネルのようなリモコンで操作をする。 今回は身体的に強い女性と協力して仕事をこなす。 その女性とは対照的な役割として、昔関係のあった女性で、現在はカーヴァー婦人となっている女性の存在がある。 いつもどおり、圧倒的に強いわけではないが、いろんな道具や人に助けられながらも、スマートにテキパキと問題をクリアーしていく。 それぞれの登場人物の役割が明確になっているので、見ていてとても分りやすい。

『007は二度死ぬ』 007 YOU ONLY LIVE TWICE, 1967

 ショーン・コネリー、丹波哲郎、浜美枝 出演、イギリス映画
 日本以外の人達が見ると興味深いような感じがするのかもしれないが、日本人がこの映画を見るとあまり興味を感じない。 おなじみのツールも小型ヘリコプター以外には特別なものはない。 カーチェイスなどもあまりなく、迫力のあるようなシーンにはなっていない。和洋折衷という感じもなく、 なんだか中途半端なような感じがしてしまう。 出会う女性とはなんだか簡単過ぎるほどつながってしまうし、そのような状況があまりにも誇張され過ぎのように感じる。 空手や剣道、忍者など日本的な事柄が取り上げられているが、時代錯誤のように感じてしまう。

『007 ロシアより愛を込めて』 007 FROM RUSSIA WITH LOVE, 1963

 ショーン・コネリー主演 イギリス映画
 ストーリー展開が速くおもしろく、またよく練られている。 本当の敵が誰なのかがわかるまでは、いろいろと不手際があるが、誰が首謀者なのかがわかると手際良く 任務を遂行する。ここぞという時に与えられたツールもきちんと利用している。 ヘリコプターで追いかけられるシーンはとても迫力がある。 また、ボートで逃げている時に爆破させるところは大掛かりな感じがする。 女性諜報員は本来なら任務に忠実ではなければならないのだが、少々軽率な行動ではなかろうかと思う。 シリーズ上いつものことではあるのだが。

『ダブルタップ』 鎗王 DOUBLE TAP, 2000

 香港映画
 レスリー・チャン、アレックス・フォン、ルビー・ウォン、ヴィンセント・コク、モニカ・チャン出演、ロー・チーリョン監督
 大義名分がない殺人は単なる殺人者となるだろう。それが大量であったり猟奇的であったなら、精神異常者としかうつらないだろう。 格好がいいとはうつらないところが残念な映画である。精神異常者ならその不明確な心理描写があったほうがよいと思う。 何かもっと目的があったほうがよいと感じる。

『ダメージ』 DAMAGE, 1992

 英・仏映画
 兄へのこだわりがある。心的複合体がある。記憶に敏感に反応してそれにとらわれている。 死に直面したことによってその死に覆われてしまう。 わからないからその人に魅力を感じる。全てを把握できないから知りたくなる。 自分にはないからその人に惹かれる。わからないからそれが逆に良い。馴染んだものでは味わえない感覚がある。 わからないほうが新鮮で心地よい。BGMはすくない。とても冷たいイメージがある。 静寂さが感じられる。冷ややかなイメージはそのままアンナのイメージとつながっている。 華やかさのある職業に対して孤独を感じる。トレパンやチーズのかけらが哀愁を漂わせる。 引き伸ばされた写真に惨めさとはかなさを感じる。感覚がそこで途切れたかのように感じる。 死と過去にとらわれている。

『断崖』 Suspicion, 1941

 ジョーン・フォンテイン、ケイリー・グラント、ナイジェル・ブルース出演、アルフレッド・ヒッチコック監督
 両親が未婚のままでも仕方がないと言ったことを偶然聞いたことによって、結婚に対する意地のようなものが生じる。 そのときに知り合った男と結婚をするが両親に認めてもらって結婚をしたわけではない。 また、男が無収入であり、収入の見込みがないことがわかり、さらに両親に送ってもらった先祖代々伝わる椅子を借金をするために売ってしまう男であった。 夫は嘘の上塗りを重ね、そのたびに妻は疑心暗鬼になるが、その嘘を信じてしまう。 就職した会社から横領したことがばれてクビになるが、妻には何も伝えていなかった。事実を会社の雇用者から聞かされさらに不信感を募らせる。 そこに会社設立の話を持ち出し、翌日には辞めると言い出す。何度も疑い、そのたびに信じるが、 友人の死を知らされ、その死にかかわっているかもしれないことたことから夫への猜疑心が頂点に達する。 根拠のないことで疑い、根拠のないことで相手を信じ、気が滅入ってしまう。最後には、夫の疑惑が晴れもとの鞘に納まる。
 信じることはとてもいいことであるが、相手のことを見抜くことも大切である思う。 闇雲に信じるということはむしろ自分を不幸することもある。信じることしかできないということはある意味不幸であるかもしれない。

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』 Dancer In The Dark, 2000

 デンマーク映画
 ビョーク、カトリーヌ・ドヌープ出演、ラース・フォン・トリアー監督
 ミュージカル(空想)の部分を除いてみるのも見方の1つかもしれない。 逆にミュージカルの部分だけを連続してみるのも見方の1つであろう。 ミュージカルの部分は彼女の心の表現部分なのであろう。 心情の変遷が表現されている。だまされて、嵌められて、事実として作り上げられたこと対して どうして彼女は反論をしなかったのであろう。 秘密の約束をなぜ守るのであろう。 約束を破られたのは彼女のほうなのに、どうして秘密を貫くのだろう。 なぜ彼女の純粋さが犠牲にならなくてはならないのだろうか。 正直に言えば、息子のためにこれまでやってきたことがすべて無駄になるからであろうか。 人間の強欲の残酷さと人生の理不尽さが冷たく響いてくる。 レッテルを貼られるが目の見える子供と、レッテルは貼られないが目の見えない子供はどちらがいいのだろうか。

『ダンシング・ヒーロー』 STRICTLY BALLROOM, 1992

 オーストラリア映画
 笑いというかばかばかしいようなコメディー的な部分が最初のほうのシーンにある。 シリアスな部分だけがあるのかと思われたがそうではなかった。 社交ダンスをするこの世界には伝統を重んじることにより、新しいものを取り入れられない風潮がある。 新しいものを排除して古き良き時代を固持しようとする。真実を捻じ曲げて変革を嫌う者がいる。 社交ダンスの事を知らないとどの部分がよくて、どの部分がよくないのかということが分かりづらい。 メリハリがある優雅さなどということがよく分からない感じがする。 ただ、最後のほうのシーンには強さや機敏さが表れているような感じがする。


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