-映画の感想-

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映画の感想

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『G.I.ジェーン』 G.I.JANE, 1997

 デミ・ムーア出演・製作、リドリー・スコット監督
 カメラワークは平凡に感じる。plot 自体は面白いように思う。 男女差別と政治をからめて利権を求める女性と、男女差別と自分の名誉と昇進を求める女性がいる。 いわゆる強い(肉体的、社会的に)女性が映し出されている。 既存の男性世界に女性が入ることに男性たちは反感を持つ。 そこには女性蔑視がある。女性への偏見を払拭する過程が訓練を通して描かれている。 自分の髪の毛を切ることで自分の意地、意志の強さをあらわしている。 捕虜となって拷問を受けとことで兵士の連帯感が強まっていく。 偏見がなくなったときに、自分の能力が正当に評価されていく。

『地獄の黙示録・特別完全板』 Apocalypse Now Redux, 2001

 マーロン・ブランド、マーティン・シーン、フレデリック・フォレスト、デニス・ホッパー出演、フランシス・フォード・コッポラ監督
 軍とは連絡を絶ち、独自の行動をとる大佐を暗殺するためにカンボジアのジャングルまで哨戒艇で川を上って探しに行く大尉とその部下が見たベトナム戦争の狂気を描く。
 大佐を探しに行く途中の哨戒艇の中で情報部から渡された彼に関する資料を読む。 読むにつれて、哨戒艇が川を上っていくにつれて目にする光景によって戦争という異常な状況に畏怖する。 異常な状況によって人間が理性を失いかけ、病的な行動をとる。まともじゃない人間がうようよいる中で自分が正気を保っていくことが困難になる。 指揮系統も機能していなく、自分がやっていることが何なのかがわからなくなり、何も感じることも考えることもなく自分の目の前にあるものだけに意識を奪われてしまう。 時間的な先を考えることなく、現時点のことのみに対処するようになる。自分が起こした事態に対する結果を考えることなく行動する。 異常な行動をしているのに、それにもかかわらず軍の命令や規則を重んじたりして偽善的な行為をする。 敵を殺すことが正であるが、自分が撃った人間を見殺しにすることは悪である。 異常な戦場の下、狂っているとされる大佐の言葉を聴くと一種の正を感じることさえある。それほど戦争自体が狂っていると感じてしまう。 大尉は任務を遂行すると、何もなかったように、狂気の状況から逃げるように哨戒艇でその場を後にする。

『実録ペンタゴンウォーズ』 The Pentagon Wars, 1998

 戦争の現場での話ではなく、兵器を開発する過程の話である。 昇進と金を追求して兵隊の命を顧みない高官たちと、現実に戦う兵隊をおもい、開発する兵器の真実を追求しようとする中佐が戦う。 現実に戦うことをしない人間たちは現場の惨劇などを視野に入れて開発を指揮しない。 自分の名誉と地位を維持させ、将来のために着々と準備をしようとする。 それに対して、自分の保身など全く無視し、兵隊のために上官にたてつく。 私服を肥やす人間たちと自分の国家のために職務を果たそうとする人間たちの攻防が少し軽いタッチで描かれている。

『自転車泥棒』 Ladri di biciclette, 1948

 ランベルト・マジョラーニ、エンツォ・スタヨーラ出演、ヴィットリオ・デ・シーカ監督
 イタリア映画
 職安から仕事をもらい、シーツを質屋に預け、以前質に入れていた自転車を取り戻し、仕事に出る。そこで、仕事の条件であった自転車を盗まれてしまう。自転車を必死に探し出そうとするが。
 自転車を盗まれた後の息子との待ち合わせのとき、息子に自転車は、と聞かれるが、無言で歩き出す父親の姿がとても悲しい。 また、自転車を盗もうかどうかと悩んでやきもきしているところが心拍数が上がる感じである。息子をバスで先に帰らせようとする。 そして、自転車を盗み逃げようとし、それを息子が見ているところがいたたまれない感じである。 自転車を盗み、逃げている父親を見ている息子がいる。 持ち主たちに捕まり囲まれているところへ息子がやってくる。そこで呆然とする父親に息子がつかまっているところは無常な感じである。 追い詰められ理性を失い魔が差すということはこういうことなのだろう。 生きていれば何とかなるさ、とレストランで息子に言っていた時とは全く違う心理状態であったことはよくわかる。

『ジャイアンツ』 GIANTS, 1956

 ジェームズ・ディーン、エリザベス・テーラー出演
 レアータという土地を中心に人々の半生を描く。 代々カウボーイとして生計を立てていたのだが、時代に洗練されてカウボーイとして生計を立てなくなる。 自然や生き物を相手に生活していたのだが、石油を生活の糧として豪勢な生活を送る。 主人とその労働者の関係もそのレアータという土地に固執して複雑になる。 進歩的であった女性が、いつのまにか保守的な女性へと変わっていく。 女性自身が変わったのではなく、時代が変わってしまったのだった。 人間が時代の変化に追いつけなくなってしまった。自分達の世代では、革新的なものの考え方であったが、 それらは子ども達の世代には通用しなくなっていた。 教育を受けることによってだめになるものもある。教育を受けた人間が、古来からの生活に満足するかどうかは 疑問を残すことになる。 貧乏から成り上がって金持ちになると、暮らしぶりは下品なほど派手になる。 貧しかった時代の反動なのかもしれないが、精神的にも貧しくなっているようにも感じられる。 人間には落とし穴はどこにでもあるように感じられる。メキシコ人という差別も根強く残っている。 ジェットがレズリーのことをずっと思っていたということは、「レズリーの夫 her husband にこき使われた」 と言った所でわかる。夫の名前を直接言うのではなく、「彼女」の旦那と言ったので彼女を中心にものを考えていることがわかる。

『ジャッカル』 THE JACKAL, 1997

 ブルース・ウィリス、リチャード・ギア、シドニー・ポワチエ出演、マイケル・ケイトン:ジョーンズ監督
 リモートコントロールで操作をするのならもっと別のところでやってもよかったのではないかと思う。 真剣みがないというか、緊迫感がよく伝わってこなかった。 追いかける側の人間関係が浅い割には、なんだか変な密接さがある。 みんな格好良いとか、シャープな感じなどない人物像で、そのまま特に感じることなく話が進む。

『ジャッジ・ドレッド』 JUDGE DREDD, 1995

 シルベスター・スタローン主演
 いろいろと矛盾があるように感じてしまう。つまらない感じがするがいったい何を描こうとしたのかと疑問に思う。 はらはらとすることもなく、スカッとするシーンも無いように思う。 クローン人間とか犯罪とかいろいろと現在考えられる要素を そのまま注ぎ込んだという単にごちゃごちゃした感じがする作品であるように思う。 未来における警察と犯罪との関係やコンピュータ社会における情報操作などの問題は未来には解消しているようにも思うが、 いったいどうなるのであろうか。

『ジャンダラ 背徳の情事』 JAN DARA, 2001

 エスカラット・サルスク、クリスティ・チュン、パタラワリン・ティムクン、サンティスック・プロムシリ出演、ノンスィー・ニミブット監督
 タイ映画
 輪姦されて身ごもった子供を産み落とすと母親は死んでしまう。育ての親の父親とその息子、父親の後妻などの情欲に満ちた関係を描く。
 性的欲望も過ぎれば、グロテスクな印象となる。 本来秘め事であり、大胆に表に出すものではないかもしれないが、愛情の無い本能に任せた性行為は動物と同じあろう。 さらに、人間の悪知恵が加われば、もっとひどく残忍な様子となる。 教育や生育環境の悪化により、負の連鎖が起こる。醜いと思ったことを自分が行ってしまうなど、どこかで歯止めをかけることは容易ではないようだ。 人というのは、恐ろしく自分の尊厳を超えた存在になりうるということのようだ。

『ジャンヌ・ダーク』 Joan of Arc, 1948

 イングリッド・バーグマン、ホセ・フェラー、ウォード・ボンド、ジョン・アイアランド出演、ヴィクター・フレミング監督
 神のお告げを受け、フランスを救った聖女が火あぶりになるまでを描く。
 同じ宗教を信じている人たちがお互いに戦争をしたなら、神はどちらの見方をするのだろうか。 宗教家や国王、貴族により同一人物が聖女にもなり、魔女にもなる宗教というのは一体どのようなものなのだろうか。 また、立場や解釈により正にも悪にもなりうる不明確な判断基準とは問題ではないのだろうか。 信じることが信仰であり、それ以外は認めない、また、都合のよい解釈により異端扱いされるというのでは救われることがあるのだろうか。 神が判断をするのではなく、神が導くのではなく、それを信じている人間の行為が結果となるのであり、また神の名を使い、伝える人間が道を作っていくような気がしてならない。 その道から外れたら排除させられるというのでは、信じるという基準の軸が絶えず揺れ動いているように思える。

『ジャンヌ・ダルク』 Joan of Arc, 1999

 ミラ・ジョヴォヴィッチ出演、リュック・ベッソン監督
 "Go back to your Island." "Go home." イギリスに対して言った言葉だが、 自分たちの島と母国の違いは何であろうか。 島自体は土地そのものをあらわしているようである。だが、母国は土地とその土地の上にあるものすべてを含んでいるようである。 言われる人間にとっての意味ではなく、言う人間の気持ちが反映されているようである。 自分たちの国を持っていない時と国を持っているときの意識の違いがあるだろう。 自分たちの意識が言葉に表れているようである。
 自分たち以外の宗教を否定するのは理解できるが、排他的行為に基づく殺戮を正義とする宗教観は理解できない。 信じることによって救われもし、信じたことにより裏切られもする。 正義か悪かは宗教そのものの教義ではなく、その時代の、その時代の協会のあり方、時代により左右される。 宗教そのものが普遍的ではなく、宗教を信じている人間たちの判断で宗教が形成される。 行為は同じであっても、その善悪の判断は違ってくる。神による啓示なのか、精神が倒錯しているのか・・・。
 カメラの視点は低い位置に置かれていることが多い。ごちゃごちゃした混乱の感じは伝わってくる。

『17歳のカルテ』 Girl Interrupted, 2000

 ウィノナ・ライダー、アンジェリーナ・ジョリー、クレア・デュヴァル、ブリタニー・マーフィ出演、ジェームズ・マンゴールド監督
 境界性人格障害(Borderline Personality Disorde)と診断された少女が社会へ戻るまでを描く。
 境界性人格障害は成人期早期に始まる人格障害である。遺伝的要素、過保護・過干渉、父親の存在の希薄、幼児期の虐待により見捨てられ感を抱く。 衝動性が強く、攻撃性をさらけ出す。自殺企図をする確立が高く、抑うつ、自傷行為、自己嫌悪に陥りやすい。薬物中毒、行きずりのセックスを繰り返す。他者と安定した関係が保てない。
 しかし、程度の差こそあれ、一般的に正常とされる人にも持っている側面があるように思える。 過去に人の死を体験することがないことで死に対して一種の歪んだ感情、願望を持っているように思う。 核家族化にともない、寿命を全うして死に臨む祖父母などと生活する機会がなく、個人主義により「社会」との連帯感、共存する感覚が弱くなっている感じがする。 適切に両親にかまってもらえなかったり、突き放されたり、極端には虐待を受けたり、周りの他者の目が行き届かない社会となっていることがこれらを誘発する原因となっているように思う。 他者と接することでの葛藤や両価性、愛憎関係を相手の立場や気持ちになって、その人のいろいろな側面、背景、自分自身の理想と現実、好ましい部分と好ましくない部分などいろいろな側面を自覚、認識し、理解し、受け入れ、乗り越えていくこと、 辛いこと、苦しいことに耐えることを学んでいくことが重要である。自分に対しても他者に対しても思いやりと愛情、慈しみを持てるようになることが重要である。
 人の死によって感じたもの、死に追いやった人の言動、それを制止できなかった悔い、また、自殺した人をいたわれなかった悔い、 その感情を自分の言葉で言い表せたことで自己を見つめることができるようになる。 自分ひとりでは解決することができない、人とのつながりによって自分自身を立て直すことができる、そういう社会に生きていけるような状況でありたいと思う。

『ジョー・ブラックをよろしく』 MEET JOE BLACK, 1998

 ブラッド・ピット、アンソニー・ホプキンス、クレア・フォラーニ出演、マーティン・ブレスト監督
 Love is passion. death and tax などいくつかのキーとなる言葉が何回か使われる。 パーティの時に二人がであった時のことを話したことで状況が変わる。 ジョーは、スーザンが恋をした相手は本当は誰なのかをこのときに理解する。 スーザンはジョーはジョーだが以前のジョーに恋したのだった。そのことを理解したときに初めて人を愛するということを悟ったのだった。 ジョーは人を思いやるということが分かった。
 ストーリーの内容はどうかな?と疑問に思う。メッセージは伝わるが、設定があまりにも現実とかけ離れているように思う。 死神の行動にしても、ジョーの職業にしてもその後に続くことを考えると納得がいかないことが多い。 伝わるものは確かにあるが、それ以上に疑問に思うこともある。

『情愛』 , 2002

 カム・ウソン、オム・ジョンファ、ユン・エリ出演、ユ・ハ監督
 韓国映画
 友人の紹介で出会った男女だったが、女が別の男と結婚をしても二人は逢瀬を重ねていく話である。
 結婚を望む女。結婚を望まない男。別の男と結婚する女。その女と関係を続ける男。 女は容姿、経済力、セックス、どれかが足りなくても物足りなく思う。結婚を望むが条件が悪い結婚はしたくない女である。 無いものを別のところで求める。結婚しても満たされない女。安定が得られても、別なところで刺激を求める。 女はままごとのように別の生活を楽しむ。男は、所帯を持ち家族を養う気などはない。ままごとで十分満足である。 現実の中で、別の時間をおくる。いけないことをしているという感覚がそうさせる。 刺激が楽しく、刺激が欲しい、時間を置くと、また刺激が欲しくなる。 生活をするということを除き、精神上の恋愛におぼれてしまうと、現実がたまらなくさびしく感じてしまう。 そうなると相手に不満をぶつけてしまい、感情がすれ違ってしまう。しかし、もし離れてしまっても、また刺激を求めてしまう。 いつかは終わるが、続けるにも終わらせるにも覚悟が必要である。

『女学生』 , 2005

 西野翔、若山騎一郎、森章二出演、かわさきひろゆき監督
 19歳の女学生が借金を返すためのお金を手に入れるために仕事を引き受けるが、聞いていたことと違って地下室に監禁されてしまう。 趣味でSM映画を撮りたいと願っている金持ちの老人や原作者などに弄ばれてしまう。

『ジョンQ -最後の決断-』 John Q, 2002

 デンゼル・ワシントン、ロバート・デュバル出演、ニック・カサヴェテス監督
 something good for you
小さい子供には可能性がある。
少しでも可能性を残してやりたい。 親が思うには自然な感情かもしれない。 それが自分の子ども、血がつながっているということなのかもしれない。 そのために常軌を逸しているかもしれないが行動を起こす。 自分の意思を極端に具現化した表現方法の一部なのかもしれない。 我が子を思う気持ちを肥大化させた結果であり、 人類の根源としての愛情を特殊化して表に表出させた行動のようである。 命がからむことだけに考えさせられることがある。

『仁義』 Le Cercle Rouge, 1970

  アラン・ドロン、イヴ・モンタン、ジャン・マリア・ヴォロンテ出演 ジャン=ピエール・メルヴィル監督
 フランス映画
 仮出所の男と、護送中に脱走した男が射撃の名手を仲間にいれ、宝石強盗をする。
 女性がほとんど絡まない映画である。クールで何を考えているかわからない感じの主人公である。 罪の方が男に寄ってくるような感じである。罪に染まり、罪を重ねていく。 しかし、うまく行きそうであったが、最後には冷たくはかない死に終わる。感情の起伏がなく、淡々と行動するところは主人公の特徴かと思う。

『ジングル・オール・ザ・ウェイ』 Jingle All The Way, 1996

 アーノルド・シュワルツェネッガー、シンバッド、フィル・ハートマン出演、ブライアン・レヴァント監督
 子供のクリスマスプレゼントを買うために奔走する。 プレゼントのことなどすっかり忘れていただめな父親から挽回するためにいろいろな問題を起こす。 何の変哲もない父親がひょうんなことからヒーローへと変身し、子供と母親の信頼を得る。 平行してドジな悪役と優秀でない警官と絡み合いを見せる。最終的には人の立場や痛みがわかるいい子供となり、クリスマスを過ごす。 アーノルド・シュワルツェネッガーもこういうコメディ調の役をこなすことができるということは 彼のactorとしての幅広さを感じさせる。

『人生は琴の弦のように』 Life on a string, 1991

 中国映画
 受難の時をすごす。あと一本というときに私利私欲が表に出てくる。 それを取り除いた時に求めていたものが表れる。 何かを信じて進みつづける。失うものと得るものがある。 失ってから初めて分かるものがある。繰り返される過去と未来の現在。 生きる望みを託す。弦が切れた時の初めて自分がやって来たことを理解するのだと思う。 盲しいた老人が体で吸収したことはどのように役立つのだろうか。


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