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映画の感想

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『ウィズ・ユー』 Digging to China, 1998

 ケヴィン・ベーコン、メアリー・スチュアート・マスターソン、エヴァン・レイチェル・ウッド、キャシー・モリアーティ、マリアン・セルデス出演、ティモシー・ハットン監督
 10歳の少女と、知的障害を持つ青年の心のつながりを描く。 好奇心旺盛でちょっと変わった少女が、純粋だが心のさびしい青年と数日を過ごす。 偏見を持たない少女は、彼女の姉の反対にもかかわらず、彼と内密に会う。 10歳の少女なので、歳相応の付き合い方をするが、彼女の姉は間違いを心配する。 年齢を重ねれば、きっと忘れてしまうだろう出会いであり、もしも関係が続いたとしても対等な関係とはなりにくいだろう。 また、純粋な気持ちでしか関係を維持できないと思われる。 少女と彼の母親は彼のことを理解するが、彼女の姉は彼のことを本当には理解していない。 ある意味、姉が考えることは日常を生活するものにとっては合理性はあるが、 ノーマライゼーションという考えの元では蔑視となってしまうかもしれない。 純粋な関係を築くことと偏見などが重なって常態化させるのはなかなか難しい問題である。

『ウェディング・シンガー』 The Wedding Singer, 1998

 ドリュー・バリモア、アダム・サンドラー、クリスティーン・テイラー出演、フランク・コラチ監督
 順当なストーリーであるように思う。ロックミュージシャンを辞めて ウェディングシンガーをやっていることで悲劇が起こる。 しかし、ウェディングシンガーをやっていたおかげでハッピーウェディングとなる。 じめじめとしている場面もあるが、自然と前向きな方向へと進んでいく。 男女関係は難しく、世間体とプライドが簡単なものをより複雑なものへと変化させるが、 くよくよ考えるより、すぱっとはっきりとさせたほうが簡単に済むこともある。 普通の人生観を持ち、人生はテンポ良く着々と進んでいきたいものである。

『ウェディング・プランナー』 The Wedding Planner, 2001

 ジェニファー・ロペス、マシュー・マクノウジー、ブリジット・ウィルソン・サンプラス出演、アダム・シャンクマン監督
 ウェディング・プランナーのメアリーは登場人物として、とても魅力的で笑顔が素敵であるが、人生の岐路での機微がそれほど感じられない。 父親から見合い相手をあてがわれた時や、結婚を決意した時、実際に自分の結婚を執り行う時など、心情の変化と遷移がそれほど感じられない。 ただ、ストーリー自体が展開していくだけの感じがしてしまう。 本来、結婚とは何か、恋愛とは何か、という問いに対しては、人それぞれの回答があるものであるから、いろいろなパターンがあってもいいが、 それにともなう主観、心情が表現されていたほうが作品としては納得がいくような感じがする。 好きになったから仕方が無い、惹かれたからどうしようもないということもあり得るが、それだけでは映画としては内容が薄いという印象が残る。 4人の心情のベクトルの一致、不一致を感じたかった。 ただ、メアリーはとてもチャーミングである。なお、フランの結婚の決め手の理由も知りたいものだが。

『ウォーターワールド』 WATERWORLD, 1995

 ケビン・コスナー監督、主演
 理想郷を求めて水上の世界で生きている。船を自由に操るところは見所だが、 それ以外は特に秀でるところはない。現実に即しているようには思われないので、 やはりあまり共感できる部分が少ない。だから、あまり感情移入してみることはない。 理想郷が簡単に見つかるところや、そう簡単に見つけることができたのなら、どうして今まで伝説になっていたのかが不思議である。 動力源を持っているのだから、誰か偶然にでも見つけられそうなものだ。 未来なのにエネルギー源を石油に頼っているのはどうしてなのだろうか。 代替エネルギーは見つけられなかったのだろうかと疑問に思ってしまう。

『ウォール街』 WALL STREET, 1987

 チャーリー・シーン、マイケル・ダグラス、マーティン・シーン出演、オリヴァー・ストーン監督
 利用する人間と利用される人間がいる。彼は利用されていることには全く気づかなかった。 自分が相手を利用しようとすることも頭になかった。ただ、相手の手中で踊らされているだけだった。 情報を集めてただがむしゃらに金を追いかけていただけだった。それ以外には何も考える余裕がなかった。 いったん今までに稼いだことのない莫大な金を手に入れると、浮き足立って自分を見失ってしまう。 そういう莫大な金を手にしている状況でも、冷静に分析して判断する人間と、感情に任せて判断する人間がいる。 金という幻想に目を取られて自分がひとまわりもふたまわりも大きくなったように見える。だんだん 何がなんだかわからなく、自分が誰なのかわからなくなってしまう。 "Who am I ?"  という言葉を口にしたときから彼の中に不協和音を奏でられる。 だんだんと自分を取り戻し、自分がどういう人間かを理解する。 彼の内側で金の力より、感情(気持ち)の力のほうが勝る。 金よりも、人の信用と信頼のほうを選ぼうとする。

『ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!』 WALLACE & GROMIT IN THE CURSE OF THE WERE-RABBIT, 2005

 ニック・パーク 、スティーヴ・ボックス監督
 野菜のコンテストがあり、そのためウサギを退治する特殊業務をウォレスとグルミットが行う。 ウォレスが作った変な装置により、思わぬ事態が生じてしまい、それを解決するために奮闘する。
 映画自体は、よくできていると思う。グルミットも声を発することは無いが、かわいげがあり、愛嬌もある。また賢さや機転も利かせる。 小さなウサギたちの動きもかわいらしい。グルミットが遊具の飛行機に乗るシーンも面白い。

『うちへ帰ろう』 The Autumn Heart, 1998

 アリー・シーディ、デヴィッド・リー・ウィルソン、タイン・デイリー、ジャック・デヴィッドソン出演、スティーヴン・メラー監督
 母が病床に倒れるまで20年間も会っていなかった姉妹たちが父と弟に会い、自分たちの家族を思いやる気持ちを取り戻す。 両親の離婚によって、息子を父親が、3人の娘を母親が引き取り別々に暮らしていく。 父方は平穏に静かに暮らしているが、母方は、父親に捨てられたというわだかまりを持っている。 一番上の姉は父親に敵意を隠さないが、ほかの娘二人は状況を見守ろうとする。 弟の結婚の準備、母親の死に伴い、家族はぶつかり合い、家族の絆を確認し、許しあう。
 誤解や事実を知らないことによって幾年にわたり憎み、自分を苦しめてきたことが一枚の紙切れによって取り除かれる。 取り除かれたことはいいことなのだが、それまでの自分の思いやしてきたことの後悔が湧き上がってくる。 とてもやり切れず、ぶつけどころのない怒りが込み上がる。同時に自責の念が噴出する。 家族は理解し合えるものなのかもしれない。

『宇宙戦争』 WAR OF THE WORLDS, 2005

 トム・クルーズ、ダコタ・ファニング、ティム・ロビンス、ジャスティン・チャットウィン、ミランダ・オットー出演、スティーヴン・スピルバーグ監督
 ずっと以前より地中に埋められていたとされるなぞの物体が宇宙から来た生命体に操られ、地球を襲う。
 なんだか腑に落ちない感じの映画である。見ごたえが無い。宇宙から来た生命体は、見たことがあるようなありふれた造形である。 エンディングも簡単な感じであり、結局は、逃げた得た人間が生き残るという格好である。 勇気や意地などは関係なく、逃げた人間が助かる。生き延びるために何かをするという積極的な姿勢ではない。

『美しき獲物』 KNIGHT MOVES, 1992

 クリストファー・ランバート、ダイアン・レイン、トム・スケリット出演、カール・シュンケル監督
 精神異常者が猟奇殺人を行っているわけだが、主義主張があるわけではない。 ランダムに殺人を犯していくわけではなく、綿密な計画があったわけでものない。 殺人の動機が復讐というだけではなんだか物足りなさを感じざるを得ない。 しかし、飽きさせないもはある。間抜けな警察に対してゲームを進めていく殺人者はかなり冷静のように感じる。 なぞを解いていく様は注意を引くものがある。犯人像が見えないまま犯人がわかってしまうのはなんだか悲しい気がする。 犯人の内的の流れをもっと描いたほうが良いと思う。 疑われている人間が犯人ではないことはよくわかるが、犯人像に焦点があたっていないので犯人を見つけ出す過程がなく 奥深さが欠如しているように感じる。見ていて警察の浅はかさと警察の動向の短絡が気になる。

『ウッディ・アレンの影と霧』 SHADOWS AND FOG, 1992

 売春宿で男とセックスと金と売春に関して話している時の映像が良い。 カメラはぐるぐると回っていてそれぞれの女の顔が順々に映し出されている。 酒を飲みながら笑って話している。プロを自覚して売春婦として稼いでいる。彼女達は 男の表と裏の素顔を的確に捉えているように感じる。どの時代でも社会の世相を理解しているのは売春婦達なのかもしれない。 市民の中には教会や宗教に欺瞞と偽りを感じる者もいる。いつの時代でも宗教と正義は矛盾しているように感じる。

『海猿』 , 2004

 伊藤英明、加藤あい、海東健、香里奈、伊藤淳史、杏子、國村隼、藤竜也出演、羽住英一郎監督
 海上保安庁で潜水士になろうとする14人の訓練から合格までを描く。
 犠牲になる過程は少し簡略化されすぎな感じであるが、そのことがあったことによって後の事故発生時に人間の感情の動きにいかされているようである。 信頼していない関係から信頼する関係になる。信頼しないことから信頼を重んじるようになる。 人の言葉や人の状態に影響され、同じ人、同じものであっても違う見方や考え方に変わる。 人生経験なのか、人から教わるものなのか、自分で体験するものなのか、急激に変わる事はあっても徐々に変わる事はそれほど多くないのかもしれない。 メッセージは残されているように思う。
 格好のよい男ときれいな女だからそういう関係になるのだろうという夢心地な映画である。

『海の上のピアニスト』 THE LEGEND OF 1900, 1999

 アメリカ・イタリア合作、ジュゼッペ・トルナトーレ監督・脚本、ティム・ロス、プルート・テイラー・ヴィンス出演
 ジャズ奏者との対決が見所である。激しく、力強く、穏やかで優しい、そういうピアノである。 彼は人物を見て感じるイメージを曲にする能力に非常に長けている。 彼は海の上でしか弾けない、丘に上ると弾けなくなる。船の上でピアノを無限に弾く。 丘の上の無限の広がりではピアノを無限に弾けなくなる。 有限の中で無限にピアノを操る。決して広くはない船内で育ったからこそこまやかな感覚が秀でたのかもしれない。 情報が少ないからこそ、少ない情報を深く掘り下げられたのかもしれない。 狭い世界であったからこそ無限にイメージを膨らませられたのだろう。 彼は感覚を正確に音色に表現できる能力を持っていた。 レコードの原版に残された曲が濃く、はかない彼の人生をあらわしているようだ。

『海辺の家』 LIFE AS A HOUSE, 2001

 ケビン・クライン、クリスティン・スコット・トーマス、ヘイデン・クリステンセン出演、アーウィン・ウィンクラー監督
 癌におかされた父親が余命を家を建てることを通じて、離婚した妻の元で暮らすドラッグなどにおぼれる息子と関係を修復するストーリーである。
 自分と父親との関係を思い出し、自分と息子との関係をよりいいものとしようとする。末期がんの余命期間中に父親から残された家を取り壊し、息子と共に家を建てる。 壊すことを通じて、建てることを通じて息子との関係を少しずつ取り戻す。一緒に協力することで連帯感を感じ、つながっていることを認識する。 息子も少しずつ父親とのふれあいを体験する。家を建てるという同一の目標を持つことで精神的な距離を縮め、疎遠で反抗的だった息子と共鳴する。 そして、元妻との関係も穏やかなものとし、昔ながらの住民とも意志を統合する。事を成し遂げたことでつながり、その意志を継ぐことでさらに発展しようとする関係を描く。

『裏窓』 Rear Window, 1954

 グレイス・ケリー出演、アルフレッド・ヒッチコック監督
 透明なビンの中に土とアリをいれ、外側からアリの巣を見ているように、裏窓から他人の生活を覗いている。 根拠や物証が無い段階で、想像と推論だけで事件としてみなしてしまう。 想像が想像を呼び、人の好奇心や怖いもの見たさを増幅させ驚くほどの行動力が沸き起こる。 客観的な第3者の視点と、そこに全くの個人的な意思を注ぎ込む。 この2つの点がとても対照的で面白い。 人の職業とか近所づきあいなど表の部分は全くでいていなく、 閉鎖的な空間での人の裏の部分を見ているようである。

『浮気な家族』 , 2003

 ムン・ソリ、ファン・ジョンミン、ユン・ヨジョン、キム・インムン、ポン・テギュ出演、イム・サンス監督
 韓国映画
 母親、夫、妻がそれぞれ浮気をすることで、人生を謳歌するものもいるが、家庭を壊してしまうものもいる。
 ベストなパートナーを見つけるという意味の映画ではなく、後味のよい映画ではない。 酒におぼれたり、性欲におぼれたりするといろんなものを失いかねないということだろう。 人間は死に直面したとしても、生殖能力は一時的にでも衰えることは無いということかもしれない。 人間的に生きるためには、慎重さが必要ということだろう。

『ウワサの真相 ワグ・ザ・ドッグ』 WAG THE DOG, 1997

 ロバート・デ・ニーロ、ダスティン・ホフマン出演、バリー・レビンソン監督
 真実をいかに脚色して事実として大衆に信じ込ませるかというショーを作り上げる。 その手段としてマスメディアを活用している。情報を操作し、世論を作り上げる。
 敏腕のプロデューサーなら自分を目出させるように演出させるようにできなかったのだろうか。 ショーを製作する過程で自分を表に出させるようにすることはできなかったのだろうか。 名誉や評価を得るためにショーを作成してきて、そのために自分の墓穴を掘る。 良い作品を制作するためにプロデューサーをしていなかったことが自分を破滅に陥れる結果となる。 この映画の前半部分はテンポ良く事態を好転させるが、後半部分は人間のエゴが前面に出て見苦しい感じがする。 筋が少し強引な感じがする。

『運動靴と赤い金魚』 1997

 イラン映画
 貧しい家族の中で,兄妹が妹の靴を無くしたことを発端に, 兄の運動靴を通して兄と妹、その家族の関係を描いている。 家の手伝いで買い物をしているときに、妹の靴を無くしてしまう。 なくなった靴を探す2度のシーンがなんともいえなく切なく悲しい。 妹の靴が「無い」とわかったときの”ドキッ”とする感覚と、妹や両親から怒られるのではないかという 恐怖,おこられるのが恐ろしくて無くしたことを両親にいえない気持ち, そういう子ども心ならではの、小さい、社会的弱さを感じさせる。妹が 汚れた兄の靴を履いて学校へ行くことの情けなさ,惨めさ,恥ずかしさはとてもよくわかる。 兄は遅刻するが、その本当の理由を言うことが出来ない、悲しさや、つらさが伝わってくる。 自分が無くした靴の代わりを何とか自分の手で得ようとする健気さ、自己責任の原則を実行しようとする 心の強さを感じる。 自分で起こした問題は、自分で解決させようとする子どもながらの誠実さ、素直さが伝わってくる。 競技で優勝したときの、驚きと、焦燥感と、目標の未達成の落胆、そういう複雑な表情が伝わってくる。

『運命の絆』 SAFE PASSAGE, 1994

 スーザン・サランドン主演、ロバート・アラン・アッカーマン監督
 家族から1人の人物像がわかり、1人の子どもから家族の様子がわかる。 家族を通じて、1人の人間を見る。一人の人間を通してその家族を見る。 1人の子どものことを考えならが、家族の在り方を考える。一人の子どものことを感じることが、 家族そのものを見ていることになる。1人の人間が家族に与えた影響と、 家族が1人の人間に与えた影響を感じることができる。 1人の子どもの生死を考えながら人生を再考している。
 ガレージの中を掃除しているシーンがなんとも言えない人間らしさを表わしている。 家族の顔が見えている。普段は隠れている人間の性質がそこに表れている。 家族の中でも知らないような人間が潜んでいる。いわゆる良い子として、 いわゆる悪い子として家族の中では見られているが、それも絶対的なものではない。 いろいろな場面でいろいろな顔が出てくる。昨日の夜が、今日の夜ではない。 今日の夜が明日の夜ではない。状況は変わるし、人の感情も変わる。 一つの爆発によって、1人の人間の生死を考えることによって家族の構成員がそれぞれ個人としての顔を出している。
 作品中、ムソルグスキー『展覧会の絵』が流れている。

『エアフォース・ワン』 AIR FORCE ONE, 1997

 ハリソン・フォード、ゲイリー・オールドマン、グレン・クロース、ウェンディ・クルーソン出演、ヴォルフガング・ペーターゼン監督
 見所の多い映画である。手に汗握るアクションが多い。 違和感もそれほど感じなく無理なく見ることができる。裏切り者の動機や心理はよくわからないが、 それほど気にならない。それを圧倒するだけの緊迫感がある。 飛行機がいったん着陸してまた離陸するシーンなどはとても良い。 アメリカ大統領は全能である?のような印象を持つ。一人の人間の命はどれくらいの価値があるのかと思う。 命は何かと引き換えになるものだろうかと思わざるを得ない。 最後に飛行機が墜落したときのパイロットはどうなったのだろうか、と考えてしまう。 人の犠牲になる人間と、人の犠牲の上に生きている人間が同じ命の重さなのだろうか・・・。

『永遠のアフリカ』 I DREAMED OF AFRICA, 2000

 キム・ベイシンガー、ヴァンサン・ペレーズ、エヴァ・マリー・セイント出演、ヒュー・ハドソン監督
 交通事故に合い、離婚をし、恋人の誘いで息子とともにアフリカへ移住する。 アフリカでの生活に期待もするが、自然の驚異や密猟者などの問題に直面する。 家族の死を経験しながらも、アフリカの地で生まれた子どもとともにアフリカで生きていく。

『80デイズ』 Around the World in 80 Days, 2004

 ジャッキー・チェン、スティーヴ・クーガン、セシル・ド・フランス出演、フランク・コラチ監督
 80日間世界一周を模した映画である。
 設定が設定だけに、いろんな国へ行って、いろんな出来事が起こるが、それほど出来事が面白くない。 アクションもそれほど無い。冒険としてもあまりよくわからない感じである。

『エイリアン』 ALIEN, 1979

 シガニー・ウィーバー、トム・スケリット、ベロニカ・カートライト出演、リドリー・スコット監督
 完璧な生物兵器という異性生物に遭遇し、それから逃れるまでを描く。未知の信号をキャッチし、鉱物の運搬船は救援活動に乗り出す。 しかし、現地に到着し、船外活動をするが、それは警告を発する信号だった。また、会社は乗組員の人命よりも生物兵器となる生命体を地球へ搬送することを優先させる。 人体を媒体に宇宙船への進入を許し、船内は大混乱となる。次々と乗組員は犠牲となり、最後には母船を爆破させ生き残ろうとする。
 声だけが響き渡り実際には見えなかったり、モニターのみに映り動きがわからなかったり、反対に乗組員の声のみによって恐怖心が増長させられたりする。 見えないもの、知らないものだけに不気味な印象を残し、実際にはっきりと見えないことによりさらに気持ち悪い感じを増幅させる。 かなりグロテスクである。

『エイリアン 2』 ALIENS, 1986

 シガニー・ウィーバー、マイケル・ビーン、ランス・ヘンリクセン、ビル・パクストン出演、ジェームズ・キャメロン監督
 エイリアンを退治するために再度、惑星へと戻る。
 エイリアンは絶対的な強さを持ち、人間のように混乱しない。人を襲うようにしかできず、次々と兵士を襲う。最後のシーンで工場用のロボットを操ってエイリアンと格闘するシーンがいい。 今回は、エイリアンの露出度が高く、たくさん出てくるので慣れてしまうとそれほど恐怖感はない。  

『エイリアン 3』 ALIEN3, 1992

 シガニー・ウィーバー、チャールズ・S・ダットン出演、デビッド・フィンチャー監督
 前回からの脱出船が火災を起こし、救命艇で難を逃れるが、救命艇は惑星に不時着する。 その惑星でエイリアンの恐怖をさらに体験することになる。
 前回よりさらにエイリアンの露出度が高くなり、動きも不自然になる。道の生物という不確かさがなくなった分、ぞくぞくとした縮み上がる感じはない。 気持ち悪い感じはあるが、ロボット的な印象が残る。ねちねち、べとべとといった表面的な不快感はない。

『駅馬車』 Stagecoach, 1939

 ジョン・ウェイン、トーマス・ミッチェル、クレア・トレヴァー出演、ジョン・フォード監督
 情や礼が存在する。粋な結果である。 ある程度無法なのだが、そのなかでそれぞれが自分たちの生き方をしている。 迷惑をかけたり、法を犯すこともあるのだが、自己責任としてその結果を受け入れるという善悪の区別がついている社会である。 アリゾナからニューメキシコへ走る駅馬車の物語である。 夫に合いに行く人間や、家に帰る人間、仕事を求めていく人間など、 乗客はそれぞれに事情を持っている。無理をして目的へ行くことはないという人間もいれば、決闘のために行かなくてはならない人間がいる。 なかでも御者が一番弱腰である。しかし、結構な存在感がある。
 アパッチの襲撃シーンは、スピード感がある。駅馬車とアパッチが併走する所は逃げる駅馬車と追うアパッチが良く表されている。 なお、リンゴーが決闘のために3発弾を残しているところも格好の良さが出ている。 医者も酔っ払いで頼りなさそうなのだが、やるときはやり、言うときは言うというメリハリがありすっきりとした人物像となっている。

『エグゼクティブ・デシジョン』 EXECUTIVE DECISION, 1996

 カート・ラッセル、スティーブン・セガール出演
 ある程度飽きず見られるかもしれない。切羽詰った感じが良く出ている。 飛行機に潜入するシーンや、着陸させるシーンなどは緊張感が出ている。 あっさりと終わった人間たちがいる一方、かなり強運な人間たちがいる。 本当にキャビン・アテンダントが役に立つかどうかはわからないが、 きちんと重要な役割を演じている。乗客の命を預かっているというリスクを全く感じさせずに 操縦するところはちょっと疑問に思う。テロ集団の根底にある主張は何なのだろうかと思う。

『es[エス]』 DAS EXPERIMENT, 2001

 モーリッツ・ブライプトロイ、クリスティアン・ベッケル出演、オリバー・ヒルツェヴィゲル監督
 ドイツ映画
 通常の人間は通常の状況では通常問題を起こさない。 最初、看守たちは社会から遮断され、立場と権力を与えられた状態で、それぞれの役割を通常通りに果たそうとする。 囚人たちは通常通りに元気である。 しかし、時間がたつにつれ囚人たちはだんだん平均化して個性がなくなっていく。 看守たちはだんだん増長して厳格に管理し、支配し、服従させようとする。 本来は与えられた役割をこなしていくだけでよいのだが、逸脱、エスカレートして力を持った人間が秩序を乱し囚人を家畜のように扱う。 実験から解放され、社会へ一歩踏み出すと絶対にやらないようなことを平気でする。
 社会によって、人は自分を個性化し、ある意味その社会に守られている。 人は他者の目を気にし、自分の行動を律している。人は他者の目によって欲動を牽制、抑制され、自分の行動を正常な状態に保っている。 アナーキー(無政府、無秩序)な状態では教育や社会生活上の立場とは関係なく自分の欲望を吐き出してしまう。 人は人が置かれている環境によって変化するのは事実だが、 人間の性質は性質そのものは存在し、それぞれの環境によって形を変え、変化させられていると感じる。 人の性質は粘土や水のようなもので、環境や社会という『型』に収まって、その型に合わせて人は生きているような感じがする。 型がなくなれば、恣意的に広がりを見せることになるだろう。

『エデンの東』 EAST OF EDEN, 1955

 ジェームズ・ディーン、ジュリー・ハリス出演、エリア・カザン監督
 家を出た母、厳格な宗教心の強い父のアベル、期待の大きい兄、兄の恋人の優しいアブラ、期待も相手もされない弟がいる。 キャルは家族の中で疎外感を持っている。父から兄と比較される。 父と兄は同じような性格である。父は物分りの良い兄を気に入っている。 キャルは母に似ていて父には好かれていない。キャルは、何かに飢えていて自分がしっくりしない。 父に愛されたいと思うし、見とめてもらいたいし、受け入れてもらいたいと思っている。 全存在を許容してほしいと思っている。キャルは兄とは違う存在であり、その存在を理解してもらいたいと思っている。 自分は父とも兄とも違うし、その違う人間というものを認識してもらいたいと思っている。 違うタイプの人間もいることを認めてもらいたいと思っている。 母と弟は似ていて、兄と父が似ている。その二人ずつは互いに違っている。 母を除いてその違っている3人を母のように受け止めるのは兄の恋人のアブラである。 アブラは優しいすべてを受け入れていくれるような存在である。 そのアブラは、自分とは違う感じのキャルのことに惹かれてしまう。 自分にはない直感的であり茶目っ気のあるキャルに魅力を感じる。
 父親と息子と、兄と弟の複雑な関係を描いている。

 カインは「鍛冶工」 「工人」 を意味する。新約聖書では「悪しき者」 の原型とされる。 アダムとエバの長子であり、農夫となる。彼は地の産物を感謝のしるしとして神にささげたが、 その心が正しくなかったために退けられ弟のアベルの供え物が受け入れられたのを見て、 その本性を現してアベルをねたみ、怒り、ついにはこれを殺して聖書における最初の殺人者となった。 裁きが行われたとき、罪を悔い改めず、ただ刑罰のみを恐れた。追放された後はエデンの東、ノドに住んだ。
 アベルはカインの弟。牧畜に携わる。新約聖書では「義人」とされる。

『エド・ウッド』 Ed Wood, 1994

 ジョニー・デップ、マーティン・ランドー、サラ・ジェシカ・パーカー出演、ティム・バートン監督
 面白くはないが、「リアリズム」がキーワードになっている。 映画製作を通して、いろいろな人の現実が現れてくる。麻薬中毒の死に際の老人と、下積みの若い役者がいる。 過去の栄光に縛られる老人と、一つのことにやけに固執する人間。一人の男に関する女性問題。 人間はすべて別の人から見ると、「変人」なのかもしれない。その変人たちが集まって、いろいろな現実を作っていく。 ところどころに、いろいろな切実な問題が現れてくる。"I have no home." 故郷がないというのも切実な悩みだ。 成功物語ではないところは、「現実」という意味で逆に良いのかもしれない。

『エニグマ』 ENIGMA, 2001

 ダグレイ・スコット、ケイト・ウィンスレット、サフロン・バウロズ、ジェレミー・ノーザム、コスター・ワルドウ出演、マイケル・アプテッド監督
 イギリス映画
 ナチスの暗号機のエニグマの解読の話を中心にその解読に携わる人間の恋愛、失踪、スパイ疑惑などを描く。
 暗号解読の過程が謎めいた感じで描かれているのかと思ったが、 そうではなく、解読に関して天才といわれた男が知り合った女性に夢中になり、その女性との別れから少しおかしくなるが、 その女性の失踪を知り捜索することがストーリーのメインのようである。 暗号を解読する論理や奇怪さ、発想のすごさがもっと表現されていれば格好のいい映画となったと思う。 終始、男女の関係がかかわっていて多少エロチックな感じである。またストーリーも多少わかりにくい部分がある。

『エマ』 EMMA, 1996

 グウィネス・パルトロウ、トニ・コレット、ユアン・マクレガー出演、ダグラス・マクグラス監督・脚本
 ジェイン・オースティン原作
 友人にいい結婚相手を見つけようと翻弄するが、いざ自分のこととなると怖気ずく。 文学作品としては良いが、映像とストーリーだけを考えると、薄っぺらい感じがする。 恋多き女性の人生を感じることはできるが、当時の女性の人生は恋と噂話しかないのかと思う。 友人の結婚相手を見つけるところまでは意気揚揚と振舞っているが、 自分の大切な人の恋話となるとおろおろとする。 友人のことから、自分の恋話になってからの同一人物の感情と表現の違いは感じることができる。

『M』 M, 1931

 ドイツ映画
 男は殺人の度にグリーグの『ペール・ギュント』の曲を口笛で吹いている。 白黒映画なので白と黒の対比をうまく利用している。光とその影をうまく表現している。 警察と泥棒の会議がそれぞれ平行して進んでいる。四角い机と丸い机でそれぞれ行われている。 殺人犯の犯人像が全くわかっていない時の市民の過敏な反応をうまく表している。 また、犯人を捕まえて自力救済的な裁判をしているシーンは大衆の感情の流れを描写している。 次第に一つの意見に同化していく大衆の心理をうまく表現している。 所々に人の顔のクローズアップがぱっぱっぱっと変わっているところはリズムの良さを感じる。

『エリン・ブロコビッチ』 Erin Brockovich, 2000

 ジュリア・ロバーツ、アルバート・フィニー出演、スティーブン・ソダーバーグ監督
 『ペリカン文書』みたいな味気ない映画なのかと思ったら、そうではなかった。 『プリティ・ウーマン』みたいな改心して上品になる映画なのかと思ったら、そうでもなかった。 この映画では粗雑で人間味のある人物であり、住民に近い視点、弁護士と住民の中間の視点で描かれてあった。 成長して洗練されていく過程ではなく、彼女は素のままでストーリーが展開する。 彼女はrespect、尊敬されることに快感を覚え、注目され耳を傾かれる存在になったことで 一時は高慢な他人のことを思いやらない人間になりかけていた。 しかし、高慢でない汗臭さや粗雑なところが地元住民に同属であると感じさせていたので、 結果的には最後まで彼女が高慢で違う世界の人間に傾かなかったことが住民の理解を得られたのだろうと思う。 上流社会の品のある人間ではなく、住民と同じ匂いのする女性の 地元住民の生活に直面する問題に取り組む姿とその結果が この映画の歯切れのよいすっきりとした印象を与えてくれるのだろう。

『LAコンフィデンシャル』 L.A. CONFIDENTIAL, 1997

 ケビン・スペイシー、ラッセル・クロウ出演、カーティス・ハンソン監督
 正義と復讐、正義感は潜在意識の中の復讐に裏付けられていた。 衝動的な怒りや行動は過去の体験に端を発していた。 正義と悪はまったく正反対の性質のものではなく、 当事者ではなければ表面的に操作されている場合もある。 事実を操作をして一部の悪をつくり、世論を有利な状態へ形成する。 人の弱みに付け込み、そこから真実とはかけ離れた事実を作り出し、世の中の事実として定着させる。 それは自分たちの保身のためであったり、昇進のためであったり、金や名誉のためであったりする。 確信していたものが崩れ去り、信頼していた者に裏切られ、裏切り者を信じなければならないようになる。 事実は真実をゆがめて人の思念が作り出し、他者の事実としてそれを植えつける。 事実は人間の主体的な意思によって非常に左右される。また、大衆はそれを何の疑いもなく信じてしまう。 こういうことを感じさせてくれる映画である。

『エルダー兄弟』 The Sons of Katie Elder, 1965

 ジョン・ウェイン、ディーン・マーティン、マーサ・ハイヤー出演、ヘンリー・ハサウェイ監督
 母親の葬式のために兄弟が集まる。そこで町の人に父親の死の事を聞き、不審に思う。 父親の死の真相を確かめようとするうちに兄弟は濡れ衣を着せられ投獄される。 移送の途中に待ち伏せをされ、襲撃を受ける。難を逃れるも兄弟の一人を失ってしまう。 濡れ衣を晴らし、父の敵を討つために決闘をする。 見所は、長兄の物分りのよさと律儀に卑怯なことをしないところである。

『エンド・オブ・デイズ』 END OF DAYS, 1999

 アーノルド・シュワルツェネッガー主演

一人の御使いが、底知れぬところのかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下りてきた。 彼は、悪魔でありサタンである龍、すなわち、かの年を経たへびを捕らえて千年の間つなぎおき、 そして、底知れぬところに投げ込み、入り口を閉じてその上に封印し、千年の期間が終わるまで、 諸国民を惑わすことがないようにしておいた。・・・・
千年の期間が終わると、サタンはその獄から開放される。・・・・
ヨハネの黙示録 第20章より
 それほどの派手さがある映画ではないが、聖書の文言を背景にしている部分があり、 また、ミレニアムという、時代に沿ったテーマが含まれているのでそれほど飽きることがなく見ていられる。 しかし、それほど、真実味、切迫性が感じられるものでもない。

『エンド・オブ・オールウォーズ』 TO END ALL WARS, 2001

 ロバート・カーライル、キーファー・サザーランド、シアラン・マクメナミン、マーク・ストロング、木村栄、油井昌由樹主演、デヴィッド.L.カニンガム監督
 アメリカ・イギリス・タイ映画
 第二次世界大戦下の日本軍に捕虜になった兵士たちを描く。ジュネーブ条約など無視した日本軍に鉄道の線路を敷く強制労働を強いられる。
 『戦場に架ける橋』と似ている感じがする。戦争は全てを狂わす。 人間が人間ではなくなる。 誇りや尊厳を持っている人間が、それらを失ってしまう。 戦争は人間を理性や情を失った動物にしてしまう。 希望を持つことで生きることができるが、希望により苦しみを味わうことにもなる。 魂により救われるが、魂により絶望を見ることにもなる。 敵味方とも戦争により人生を狂わすことになる。


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